#13 激突【女装剣豪令嬢 第四章】

第四章 誇り高き親友

 

キュリオン商会への出資が正式に行われてすぐのこと。

ある日突然、クイント家の屋敷を訪ねてきたのは、僕の『忘れたかった過去』だった。

 

リリーナ

ご用件はなんでしょう?

 

今、クイント家の応接室にリリーナと向き合っているのは、アルゴス商会の幹部ナハルとその部下二人だ。

僕は紅茶の入ったティーカップを彼らの前へ置くと、極力関わらないよう、リリーナの後ろに立ち顔を伏せる。

リリーナも僕の雰囲気を察してか表情が硬い。

 

ナハル

リリーナ・クイントさん。突然押しかけてしまい、申し訳ありません。本日参りましたのは、そちらのルノ・カーストさんにお話があったためです。あなたが噂に聞く、麗しのナイト様で間違いありませんね?

 

どうやら町の噂を聞いてやってきたようだ。

僕とリリーナの関係も広く知られているから、クイント家の屋敷を見つけるのは簡単だっただろう。

まさか、アルゴス商会の幹部がやって来るとは想像もしていなかった。

ナハルの視線は僕へ向けられていたが、リリーナが先に答える。

 

リリーナ

そうです。ただ、彼女は極度に人見知りなもので、代わりに私がお話を聞きましょう

ナハル

そうですか。まぁあなたにも関係のある話ですので、問題はありません。単刀直入に申し上げますと、彼女をアルゴス商会の護衛として雇いたいのです

ルノ
っ!

 

僕は拳を握る。

アルゴス商会の護衛をしていた日々が脳裏に蘇る。

薄暗く、希望も未来もなかった、モノトーンの光景が。

もう二度と、あの世界には戻りたくない。

 

リリーナ

確かに突然ですね。まずは理由を聞かせてください

ナハル

そんなたいそうな理由ではありませんよ。噂によると、ルノさんの実力は想像を絶するものだと聞き及んでおります。そこでぜひ、当商会の護衛をして頂きたいと思ったまでのこと。もちろん、その実力に見合った給金をお支払いします

リリーナ

それは困りますね。お聞きの通り、彼女はとても優秀です。私も決して手放したくない。そもそも、アルゴス商会ほどの規模であれば、募集さえかければ腕の立つ人材なんて山ほど集まるのでは? それとも、ルノほどの実力がないと務まらないような危険な商売なのですか?

 

リリーナは探りを入れて、アルゴス商会の現状を確かめようとしている。

もしここで言質げんちがとれれば、キュリオン商会への投資は大成功だったと確信できるのだ。

核心を突くであろう問いに、ナハルは眉をピクリと動かした。

 

ナハル

いえ、そういうわけではありません。ただ、それほど腕の立つ者がいるのなら、勧誘したいと思うのが自然ではないですか?

リリーナ

そうですね。ですがアルゴス商会は今、強い護衛を必要としている。それほどまで厳しい状況に置かれているのでしょう?

ナハル

……貴様、いったいなにを知っている

ルノ
リ、リリーナさんっ……

 

ナハルから笑みが消え、さすがに言い過ぎだと思った僕が耳元でささやくが、リリーナは止まらない。

もう交渉を続けるつもりはないようだ。

 

リリーナ

腕の立つ者がいるなら勧誘したいとは、よく言ったものですね。その腕の立つ者を自分たちの都合でクビにしたくせに

ナハル

……なに? どういう意味だ?

 

 

リリーナ

私は、リン・カーネルを知っている

ルノ
っ!
ナハル

そういうことか……

 

さすがのナハルも、驚きに目を丸くしていた。

どうやらその名前くらいは覚えていたようだ。

リリーナは、まっすぐにナハルを見据え、凛とした表情ではっきりと告げる。

 

リリーナ

彼は、私の大切な友人だ

 

僕の心はかき乱されていた。

リン・カーネルの友人なんて、今までいたことがあっただろうか。

そんなの幻想でしかないと思い、いつしか一人でいることが当たり前になっていた。

だから信じて見守ろう、僕のことを友と呼んでくれる尊い人の小さな背中を。

 

ナハル

友人? まさか、あの冴えない男にこんな可愛らしいお友達がいたとは! いやぁ、傑作だ!

 

ナハルは口を三日月に歪め、バカにするように手を叩いて笑う。

部下たちもつられて薄ら笑いを浮かべていた。

 

リリーナ

なにがおかしい? 分かっているのか? 彼を追い出したせいで、アルゴス商会が追い詰められているということが

ナハル

なにを知った風な口を。そんな事実はない!

リリーナ

救えない人たちだな

ナハル

あんな根暗で薄気味悪い奴なんて、視界に入るだけで不愉快だったのだ。むしろ、いなくなってせいせいしたよ

 

僕は悔しさのあまり、強く拳を握っていた。

さんざん言われ慣れていたことだけど、久しぶりに言われると少し動揺してしまう。

分かってるよ、僕の正体がそういうつまらない男だってことくらい。

だけどせめて、リリーナさんの前で言わないでくれ……

 

否定する気はなかった。

別に今さら傷つくこともなかった。

でも、彼女は立ち上がって、声を上げてくれた。

 

リリーナ

ふざけるなっ! いくら雇っている立場だからといって、彼の人格まで否定していいわけがないんだ! あなたたちがそんなだからっ……あなたたちが、彼のことをもっとよく見て、その能力にふさわしい扱いをしていれば、ここまで卑屈ひくつにならずに済んだのかもしれない。少しでも、自分に自信が持てたのかもしれない。彼のことをよく知る私だから、絶対に許せない!

 

その言葉には、リリーナ・クイントの想いが乗っていた。

胸が熱くなった。

涙が出そうだった。

彼女は今、ルノ・カーストのためだけではなく、リン・カーネルのために怒ってくれている。

そのありえない事実が、この上なく嬉しかった。

 

ナハル

はぁ、もういい。我々はそんな話をしにきたのではない。要求は一つだ。ルノ・カーストを今この場で解雇しろ。そうしたら、すぐにうちで雇う

リリーナ

断る。こんな素晴らしい人を、見る目のない商人たちの、腐った商会に使い潰させてたまるか!

ナハル

小娘が言わせておけば、調子に乗りおって! いいか、後悔させてやるぞ? 世間知らずの小娘が、アルゴス商会にたてついたことを。貴様のような没落貴族ごときが勘違い――

 

 

――バリィィィンッ!

 

ナハル

ひっ!?

 

突如、ナハルの目の前のティーカップが砕け、静寂が訪れる。

申し訳ありません、リリーナさん。

あなたのことを侮辱されて、我慢できませんでした……

 

ナハル

なっ、なにが……

ルノ
これ以上の言葉は不要です。さっさと立ち去ってください。でないと、次に壊れるのはあなたです

 

驚くほど冷たい言葉が出てきた。

さすがのド素人でも、僕の居合の構えを見たら、なにをしたかくらいは想像がつくだろう。

ただ、見えないだけだ。

この秘剣『飛燕ソニック』に、テーブルの幅程度の距離なんて関係ない。

 

ナハル

く、くそぉっ……えぇぃもういい、行くぞ!

 

ナハルは悔しそうに僕とリリーナをにらみつけると、茫然としている部下たちを連れて出て行った。

 

ルノ
ふぅ……

 

肩の力を抜き、深いため息を吐く。

良かった、僕は大好きなこの日常を守ることができたんだ。

 

 

リリーナ

ルノ、大丈夫?

 

リリーナへ目を向けると、彼女は立ったまま、心配するように瞳を揺らしていた。

その手が震えているのが分かった。

恐怖心を抑えてでも、僕のために戦ってくれたのか。

そう思ったとき、愛しさがこみ上げてきて、気付いたときには彼女を抱きしめていた。

 

リリーナ
へっ? ル、ルノ!? は、離してぇ
ルノ

やです

リリーナ
は、はわわわつ

 

リリーナは不意打ちには弱いらしく、僕の胸の中でか弱くもがいている。

今はただ、この言葉にできない喜びを感じていたいから、このままでいさせてほしい。

 

ルノ

ありがとうございます、誇り高くお優しい僕の親友