第四章 誇り高き親友
キュリオン商会への出資が正式に行われてすぐのこと。
ある日突然、クイント家の屋敷を訪ねてきたのは、僕の『忘れたかった過去』だった。
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ご用件はなんでしょう?
今、クイント家の応接室にリリーナと向き合っているのは、アルゴス商会の幹部ナハルとその部下二人だ。
僕は紅茶の入ったティーカップを彼らの前へ置くと、極力関わらないよう、リリーナの後ろに立ち顔を伏せる。
リリーナも僕の雰囲気を察してか表情が硬い。
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リリーナ・クイントさん。突然押しかけてしまい、申し訳ありません。本日参りましたのは、そちらのルノ・カーストさんにお話があったためです。あなたが噂に聞く、麗しのナイト様で間違いありませんね?
どうやら町の噂を聞いてやってきたようだ。
僕とリリーナの関係も広く知られているから、クイント家の屋敷を見つけるのは簡単だっただろう。
まさか、アルゴス商会の幹部がやって来るとは想像もしていなかった。
ナハルの視線は僕へ向けられていたが、リリーナが先に答える。
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そうです。ただ、彼女は極度に人見知りなもので、代わりに私がお話を聞きましょう
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そうですか。まぁあなたにも関係のある話ですので、問題はありません。単刀直入に申し上げますと、彼女をアルゴス商会の護衛として雇いたいのです
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僕は拳を握る。
アルゴス商会の護衛をしていた日々が脳裏に蘇る。
薄暗く、希望も未来もなかった、モノトーンの光景が。
もう二度と、あの世界には戻りたくない。
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確かに突然ですね。まずは理由を聞かせてください
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そんなたいそうな理由ではありませんよ。噂によると、ルノさんの実力は想像を絶するものだと聞き及んでおります。そこでぜひ、当商会の護衛をして頂きたいと思ったまでのこと。もちろん、その実力に見合った給金をお支払いします
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それは困りますね。お聞きの通り、彼女はとても優秀です。私も決して手放したくない。そもそも、アルゴス商会ほどの規模であれば、募集さえかければ腕の立つ人材なんて山ほど集まるのでは? それとも、ルノほどの実力がないと務まらないような危険な商売なのですか?
リリーナは探りを入れて、アルゴス商会の現状を確かめようとしている。
もしここで言質がとれれば、キュリオン商会への投資は大成功だったと確信できるのだ。
核心を突くであろう問いに、ナハルは眉をピクリと動かした。
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いえ、そういうわけではありません。ただ、それほど腕の立つ者がいるのなら、勧誘したいと思うのが自然ではないですか?
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そうですね。ですがアルゴス商会は今、強い護衛を必要としている。それほどまで厳しい状況に置かれているのでしょう?
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……貴様、いったいなにを知っている
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ナハルから笑みが消え、さすがに言い過ぎだと思った僕が耳元でささやくが、リリーナは止まらない。
もう交渉を続けるつもりはないようだ。
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腕の立つ者がいるなら勧誘したいとは、よく言ったものですね。その腕の立つ者を自分たちの都合でクビにしたくせに
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……なに? どういう意味だ?
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私は、リン・カーネルを知っている
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そういうことか……
さすがのナハルも、驚きに目を丸くしていた。
どうやらその名前くらいは覚えていたようだ。
リリーナは、まっすぐにナハルを見据え、凛とした表情ではっきりと告げる。
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彼は、私の大切な友人だ
僕の心はかき乱されていた。
リン・カーネルの友人なんて、今までいたことがあっただろうか。
そんなの幻想でしかないと思い、いつしか一人でいることが当たり前になっていた。
だから信じて見守ろう、僕のことを友と呼んでくれる尊い人の小さな背中を。
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友人? まさか、あの冴えない男にこんな可愛らしいお友達がいたとは! いやぁ、傑作だ!
ナハルは口を三日月に歪め、バカにするように手を叩いて笑う。
部下たちもつられて薄ら笑いを浮かべていた。
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なにがおかしい? 分かっているのか? 彼を追い出したせいで、アルゴス商会が追い詰められているということが
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なにを知った風な口を。そんな事実はない!
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救えない人たちだな
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あんな根暗で薄気味悪い奴なんて、視界に入るだけで不愉快だったのだ。むしろ、いなくなってせいせいしたよ
僕は悔しさのあまり、強く拳を握っていた。
さんざん言われ慣れていたことだけど、久しぶりに言われると少し動揺してしまう。
分かってるよ、僕の正体がそういうつまらない男だってことくらい。
だけどせめて、リリーナさんの前で言わないでくれ……
否定する気はなかった。
別に今さら傷つくこともなかった。
でも、彼女は立ち上がって、声を上げてくれた。
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ふざけるなっ! いくら雇っている立場だからといって、彼の人格まで否定していいわけがないんだ! あなたたちがそんなだからっ……あなたたちが、彼のことをもっとよく見て、その能力にふさわしい扱いをしていれば、ここまで卑屈にならずに済んだのかもしれない。少しでも、自分に自信が持てたのかもしれない。彼のことをよく知る私だから、絶対に許せない!
その言葉には、リリーナ・クイントの想いが乗っていた。
胸が熱くなった。
涙が出そうだった。
彼女は今、ルノ・カーストのためだけではなく、リン・カーネルのために怒ってくれている。
そのありえない事実が、この上なく嬉しかった。
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はぁ、もういい。我々はそんな話をしにきたのではない。要求は一つだ。ルノ・カーストを今この場で解雇しろ。そうしたら、すぐにうちで雇う
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断る。こんな素晴らしい人を、見る目のない商人たちの、腐った商会に使い潰させてたまるか!
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小娘が言わせておけば、調子に乗りおって! いいか、後悔させてやるぞ? 世間知らずの小娘が、アルゴス商会にたてついたことを。貴様のような没落貴族ごときが勘違い――
――バリィィィンッ!
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ひっ!?
突如、ナハルの目の前のティーカップが砕け、静寂が訪れる。
申し訳ありません、リリーナさん。
あなたのことを侮辱されて、我慢できませんでした……
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なっ、なにが……
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驚くほど冷たい言葉が出てきた。
さすがのド素人でも、僕の居合の構えを見たら、なにをしたかくらいは想像がつくだろう。
ただ、見えないだけだ。
この秘剣『飛燕』に、テーブルの幅程度の距離なんて関係ない。
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く、くそぉっ……えぇぃもういい、行くぞ!
ナハルは悔しそうに僕とリリーナをにらみつけると、茫然としている部下たちを連れて出て行った。
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肩の力を抜き、深いため息を吐く。
良かった、僕は大好きなこの日常を守ることができたんだ。
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ルノ、大丈夫?
リリーナへ目を向けると、彼女は立ったまま、心配するように瞳を揺らしていた。
その手が震えているのが分かった。
恐怖心を抑えてでも、僕のために戦ってくれたのか。
そう思ったとき、愛しさがこみ上げてきて、気付いたときには彼女を抱きしめていた。
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やです
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リリーナは不意打ちには弱いらしく、僕の胸の中でか弱くもがいている。
今はただ、この言葉にできない喜びを感じていたいから、このままでいさせてほしい。
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ありがとうございます、誇り高くお優しい僕の親友