#14 女装剣士は男装する【女装剣豪令嬢 第五章】

第五章 名探偵ルノちゃん

 

 

ケシー

――リリーナを侮辱するなんて、許せませんわ!

ルノ
ケシー様のおっしゃる通りです
リリーナ

いや、二人とももういいよ。彼らは十分こらしめたから

 

リリーナとケシー、僕の三人は、ある晴れた日の昼下がりに、カフェ・ハウルで優雅にお茶をしていた。

ケシーがまた僕を誘ってくれたので、今度はリリーナも連れて三人で来たのだ。

そこで、先日のアルゴス商会との一件をケシーに話した。

 

ケシー

そのナハルさんという方の上からの物言いが不愉快ですわ。いくらそれなりに大きい商会だからって、淑女に対する最低限の礼儀もなっていないなんて

 

ケシーの言うことも分かる。

いくら今は平民だからといって、リリーナを小娘呼ばわりして圧力をかけようとしてきたのは許せない。

彼女は複数の店や商会に出資している立派な実業家だ。

そんな事実にも目を向けられないほど、彼らの目が濁っているということなら、元雇い主だろうと関係ない。身をていしてでもリリーナの味方をするだけだ。

 

リリーナ

まぁ、いつものラブコールが少し過激になっただけだと考えれば、大したことないさ

ルノ
あれ、どうにかならないんですかねぇ

 

実はパーティーの一件以降、屋敷へ次々と手紙が送られて来て困っていた。

内容はほとんどが「ルノ・カーストをもらい受けたい」ということ。

妻としてか、養女としてかの違いだけで、ほとんど内容は同じだ。

僕がリリーナと一緒にいることは広まっているから、みんなクイント家へ送りつけてくるんだ。

本当に勘弁してほしい。

 

ケシー

まったく、お姉様が迷惑に思われているのが分からないのかしら

リリーナ

おやケシー、気付いていないのか? 君もその一人になっていることに

ケシー

な、なんですって!?

 

リリーナの鋭い一撃にケシーがのけ反った。

あっ、ショックを受けて涙目になってる。

彼女をフォローすべく、僕は努めてにこやかに微笑んだ。

 

ルノ
ケシー様には大変お世話になっているので、迷惑だなんて思ったことはありませんよ
ケシー

お姉様ぁ……

リリーナ

ふっ

ケシー

む、リリーナ、なにがおかしいんですの?

リリーナ

ルノ、正直に言ったらどうだ? 甘いものを食べさせてくれたら誰でもいいと

ケシー

んなっ!?

ルノ
リリーナさん、あんまり意地悪しないでください

 

ほら、ケシー様は今にも泣き崩れそうだよ。

それに比べて、リリーナさんは本当に楽しそうだなぁ。

その歪んだ笑み、サディスティック全開だよ。

 

ルノ
ケシー様、ぜひまた一緒にお茶しましょうね?
ケシー

お、お姉様ぁっ

 

さて、ケシーも気を取り直したところだし、ようやく運ばれてきたショートケーキを食べるとしよう。

 

ケシー

次はリリーナ抜きでお誘いしますわ

リリーナ

勝手にすればいい。君の浅はかな考えなんて、すべてお見通しだから

ケシー

なんですってぇっ!?

リリーナ

ルノは渡さない

 

リリーナとケシーがまたなにか言い合いを始めたけど、僕はショートケーキを食べるのに夢中だった。

言い争いに疲れて、注文していたケーキを二人がようやく食べ始めたときには、僕は二品目を既に注文していた。

それからはまったりと、最近の貴族情勢をケシーから聞く。

 

リリーナ

――さて、そろそろお開きとするかな

ケシー

ええ、なんだかかんだ言って、今日は楽しかったですわ

ルノ
はい、美味しかったです!

 

満足そうな僕の顔を見て、リリーナとケシーが顔を見合わせクスクスと笑う。

良かった、いつもの仲の良い二人だ。

そのとき、店員の女の子がリリーナへ近づき耳元でささやいた。

 

リリーナ様、ケイト店長がご相談したいことがあるとのことです

リリーナ

ん? そうか、すぐにそちらへ行くと伝えてくれ

かしこまりました

 

店員は頷くと奥へ歩いて行った。

それにしてもいったいなんの用だろう。

心なしか店の雰囲気もいつもより暗いし、嫌な予感がする。

 

ケシー

それでは、私はここで失礼致しますわ。リリーナ、ルノお姉様、ご機嫌よう

 

僕らはケシーが店を出るのを見送ってから、店長室へお邪魔した。

 

 

暗い表情で待ち構えていたケイト店長から聞いた話は、穏やかなものではなかった。

 

リリーナ

それは本当ですか!?

ケイト

はい、間違いなくお客様のケーキに異物が混入していました

リリーナ

偶然にしても、由々しき事態ですね。衛生管理には十分注意して頂きたい

ケイト

本当に申し訳ございません。ですが実は、お客様に誠心誠意を込めて謝罪し、十分注意していたにも関わらず、その数日後に同じことが起こりました

リリーナ

……まさか、第三者の妨害ですか?

ケイト

私もその可能性を疑いはしたのですが、店員たちの話によると、被害に遭われたのはよく当店を利用してくださるご婦人でしたし、怪しい客は一度も入店していないとのことです

リリーナ

そうですか……しかしマズいですね。このままでは店の売り上げに関わります。大事になって広まる前にどうにかしないといけない

ケイト

はい。ですが今のところ、同じことが起きないよう注意する以外、どうしようもないというのが現状でして……

 

ケイト店長はお手上げというように眉尻を下げ、ため息を吐いた。

なるほど、それでオーナーのリリーナにも力を貸してほしいというわけだ。

彼女の立場からしても、店が窮地に追い込まれるのは防がないといけない。

しかし、今聞いた話から考えられる可能性は……

 

リリーナ

やはり、誰かの嫌がらせだと考えるのが妥当でしょうね

ケイト

ですが、心当たりがまったくありません

ルノ
リリーナさん

 

僕がささやくと、彼女は頷いた。

やはりそういうことだろう。

 

リリーナ

ああ、タイミングといい、心当たりがありすぎる

ケイト

はい? ルノさん、リリーナさん、それはどういう……

リリーナ

実は最近、ある商会の恨みを買ってしまった可能性があるのです

 

いたずらに不安がらせても仕方ないため、アルゴス商会の名は伏せていたが、ナハルたちが仕掛けてきた可能性も考えられなくはない。

もしそうなら、間接的にリリーナを追いつめ、僕への給料を払えなくすることが目的か。

そして解雇されたところを狙うと。

 

リリーナ

張り込みでもしてみるか? ルノ

ルノ
はい、それが一番いいかもしれませんね
ケイト

ぜ、ぜひお願いします! もちろん、張り込みをして頂くのでしたら、店内でのお食事代はこちらで負担させて頂きますので

ルノ
……なん、だって?)
リリーナ

どうしたルノ? なに固まってるんだ?

ルノ
い、いえなんでもありません。とにかく、今日は夕方くらいまで店で見張ってみましょう
リリーナ

あ、あぁ、そうだね

ケイト

リリーナさん、ルノさん、どうかよろしくお願いします

 

とういうことで張り込みをしたものの、その日は特になにもなく終わった。

やはり女性客が多く、男がいたとしても夫婦か若いカップルがほんの数組いる程度だ。

これは一筋縄ではいかないだろう。

それでも、僕が原因でこうなっているのだから、必ずこの手で解決しなければならない。

 

…………………………

 

翌朝、僕の格好を見たリリーナは、目を丸くしていた。

 

リリーナ

……ルノ、なんだその格好は?

ルノ
リリーナさん、どうでしょうか? 上手く正体を隠せているでしょうか?

 

僕は今、男もののスラックスに上は黒のフード付コートを着ていた。

長い黒髪は、ぶかぶかの帽子の中に入れ、目元まで深くかぶって顔を隠している。

 

リリーナ

最初見たときは、不審者かとビックリしたぐらいだよ

ルノ
だって、目立つわけにはいきませんから。毎日ずっとお店にいるわけですし、私とリリーナさんは顔を知られていますからね。もし犯人がいたとしても、警戒させてしまうかもしれません
リリーナ

ん? あぁっ、それで男装か!

ルノ
……せめて変装と言ってください

 

元が男なんだから、男装という言い方がそもそもおかしい!

でも、これならカフェで張り込みをしていても、目立たなさそうだ。

まさか、いつか着ようと思って買っていた男ものの服が、こんなところで役立つとは……

 

リリーナ

ずいぶん張り切っているようだけど、私の支度したくが追いついてない。すぐに準備するから、少し待ってくれ

ルノ
いえ、その必要はありません
リリーナ

それはどういう意味?

ルノ
今回の件は私に任せてください。おそらく長丁場になりますし、アルゴス商会が恨みを持っている可能性がある以上、リリーナさんの身を危険にさらすことになるかもしれません。ご不便をかけますが、この件が片付くまで、私がいない間はずっとお屋敷を出ないで頂きたいのです

 

僕が留守中のリリーナさんの身の安全は、ケシーさんに頼むことにしよう。

 

リリーナ

いやしかしだな、これは私のオーナーとしての問題で

ルノ
したら、これは護衛としての私の仕事です。それに、アルゴス商会の一件は私が渦中かちゅうにいるわけでもありますし

 

僕は帽子を脱ぎ、まっすぐリリーナを見つめる。

退く気はないぞと目で伝える。

すると彼女は、やれやれとため息を吐いた。

 

リリーナ

まったく、いつからそんなに強引になったんだか。今の君には、確固たる強い意志があるようだ。分かった、任せていいんだね?

ルノ
はい!
リリーナ

それなら頼んだよ、名探偵ルノちゃん♪

 

 

リリーナの許可を得て、僕はカフェ・ハウルでのスイーツ食べ放題……じゃなくて、張り込みを開始した。

角の目立たないかつ、全体的に見渡せる席を確保し、開店する午前から閉店する夜までひたすら店内を監視する。

変装はしっかり機能しているようで、客から注目されるようなこともない。

念のため、店員たちにも僕の正体は伝えないよう、店長へお願いしている。

 

しかしそれから数日が経ち、犯人は一向に尻尾を出さなかった。

おかげさまで結構なメニューを平らげた気がする。

……最高だ。

いやもちろん、それが目的ではないけどね!?

 

ルノ
それにしても……

 

マカロンをつっつきながら、僕は深いため息を吐く。

やはり怪しい客なんてまったく現れない。

となると、前提が間違っているのか……

やっぱり、二回続けて異物混入が見つかったのは偶然?

 

ルノ
うぅ~~~ん…… 

 

あれから事件が起こっていないのはいいことなんだけど、このままじゃモヤモヤしたままだよなぁ。

 

ルノ
……ん?

 

そのときふと店の外を見ると、店内を気にしている怪しい男の存在に気付いた。

ぶかぶかの長ズボンと、半袖シャツの上に袖なしのベストを着た、短髪で目つきの悪い男。

それが建物の影から店内を凝視している。

 

ルノ
あれは……

 

なんだろう、どう見ても不審者だけど……

そういえばあの人、さっきもそこを通ったような?

ここら辺ではよく見る格好だし、見間違いかもしれないけど。

怪しいといえば怪しいけど、あそこから見ているだけじゃなにもできないし――

 

 

令嬢

――きゃぁぁぁぁぁっ!

 

そのとき、店内で悲鳴が上がった。

店外に気を取られていた僕は突然のことに慌てて立ち上がり、すぐに周囲を見回す。

 

ルノ
しまった!

 

真っ青な顔で椅子を引いて立ち上がっているのは、若い令嬢だ。

彼女のテーブルには食べかけのパフェ。

反応からするになにか変なものが入っていたのだろう。

 

だがその周囲を見ても、怪しい行動をしている客も逃げようとしている客もいないし、店員たちも怯えるように顔を引きつらせている。

ケイト店長の言っていた通りの状況だ。

 

ルノ
でも、三回も立て続けにとなると、やっぱり偶然じゃない……

 

だがおそらく、犯人はこの場にはいない。

ふと外を見ると、さっきまで店内を見ていた男は姿を消していた。

 

それから僕は、閉店間際まで店にいた。

店長は客たちへ必死に頭を下げていたが、その場にいた客は皆出て行ってしまった。

僕は店長の元へ事情を聞きに行ったが、厨房でパフェを作っていた子も運んだ子も十分注意していたと言い張っており、なに一つ原因が分からないようだ。

 

それからはほとんど客が来ることもなく、どれだけ見張っていても、やはり動きはない。

僕は閉店時間になってから店を出た。

そして――

 

 

ルノ
――やはり、見間違いではなかったのですね

だ、誰だ!?

 

カフェ・ハウルの近くの路地でコソコソと密会していたのは、さきほど店内を見ていた怪しい男と、ハウルの厨房で働いている店員の女の子だ。

しばらく二人の会話を盗み聞いていた限り、予想通りだった。

 

まず、商品に異物を混入させた犯人はこの店員の女の子。

パフェを作った本人ではない。他の店員に気付かれないようにコッソリと事を済ませたらしい。

そして、それを依頼した張本人がこの男のようだ。

 

ルノ

なんとなく厨房にいた誰かではないかと思っていたので、これまで異物の混入した商品の調理に関係していなかった人の後をつけようと思っていたのですが……遠目にあなたの姿が見えたので、そちらへ向かう彼女に狙いを絞ってみました。どうやら正解だったようですね

ちっ、ヘマしやがって!

そ、そんな……私は……

 

女の子のほうは、真っ青な顔でその場にへたり込む。

金でも受け取っていたのだろう。

店が潰れた後は、別の店に移るつもりだったか。

 

だが、使い捨ての駒である彼女に用はない。

男へ目を向けると、彼は慌てて路地の奥へと駆け出した。

 

ルノ

逃がしません! 僕の大切な心のオアシスを、土足で踏み荒らすなんて許さない!

なに言ってんだコイツ!?

 

僕は暗く細い裏道を走り抜け、男を追いかける。

彼は獣人だが、僕は鬼人。脚力ではこちらのほうが上だ。

追いつくのは時間の問題だが、あえて距離を詰め過ぎない。

すると、彼はこちらの狙い通り仲間の元まで誘導してくれた。

 

真っ暗な廃墟の奥まで辿り着くと、男は足を止めて振り返った。

周囲には瓦礫がれきやらゴミやらが散乱しており、異臭がつんと鼻の奥を刺激する。

一部の穴の空いた天井から月の光が差し込んでおり、視界の隅でうごめいていた者たちがその下に姿をさらす。

 

なんだコイツ

おいおい、無関係なの連れて来んなよ

呑気なこと言ってる場合じゃねぇ! 店を妨害してんの知られたんだよ!

あぁ? なにやってんだよ。さっさと始末すんぞ

 

男たちは物騒なことを言うと、その荒々しい視線を僕へ向けた。

数は五人、よく見ると、以前アクセサリーを盗んでリリーナと対峙していた男たちもいる。

僕は帽子を脱いで長い髪を後ろへ流し、まっすぐに彼らを見据えた。

 

 

ルノ

答えてください。カフェ・ハウルを追い込んで、なにが目的ですか!? それとも、誰かの依頼ですか?

あ? 知るかよ

ひゅーっ、可愛い顔してんねぇ

なぁ、さっさとヤッちまおうぜ!

おぅ!

 

男二人が問答無用でこちらへ迫って来る。

油断しているのか武器はない。

吐かないのなら、吐かせるまでだ。

僕は背負っていた斬鉄剣の鞘を握ると腰の横へ引き、柄を握った。

 

ん? あの刀、どこかで……

 

後方でいやらしい笑みを浮かべていた男が首を傾げる。

だがそれを思い出したところで意味なんてない。

どうせ見えないのだから。

僕は息を吸うと、もう目前まで迫っている男の足元を狙う。

 

ルノ
――飛燕ソニック

 

鋭い風切音が響いた直後、男の足元の床が砕ける。

 

……あ?

 

破片と土煙が弾けたように飛んで地面に段差を作り、そこへ踏み込んだ男の足がガクンとバランスを崩す。そのまま両足を絡ませて転倒した。

さらに、すぐ斜め後ろを走っていた男もぶつかって巻き添えをくらい、二人して無様に地面を転がった。

僕はその進行方向から横に身を反らしてかわすと、悠々と歩き出す。

 

な、なんだ今のは!?

ちっ、ボサッとすんな! お前らも行けよ!

 

 次の二人が迫って来る。

 

――隠密式縮地ステルス――

 

ぐぅっ!

 

僕は地を蹴り姿を消すと、すれ違いざまに左の男の胴を鞘で強打し、右の男の背後で止まる。

そして彼が振り向いたと同時に、鞘を背後へ突き出しそのみぞおちを深々と突く。

 

かはっ!

 

一瞬息ができなくなったであろう男が、腹を押さえて苦しそうにひざまづく。

目の前で唖然としている、最後の一人へ目を向けると、彼は顔を恐怖に歪ませ尻餅をついた。

 

ひ、ひぃぃぃっ! なんなんだよあんたは!?

ルノ
質問に答えてください

そ、それは……

ルノ
あなた方に指示を出したのは、アルゴス商会ではないのですか?

ど、どうしてそれを!?

 

やっぱりか。

予想通りの結果はなんの面白味もないけど、これでいい。

これでこの件は終わる、リリーナさんを安心させてあげられる。

 

しかし次の瞬間、全身が震えるほどの苛烈な覇気のかたまりが降って来た。