第三章 逆転する立場
ある日の夜、ライダは行きつけのキャバクラで一人楽しんでいた。
もぉ、ライダさん、ご無沙汰じゃないですか~?
そうですよぉ。少し前までは毎日のように来てくれてたのにぃ
あはは、ごめんよ。僕も忙しくてねぇ
ライダはいつものようにキザったらしく前髪をかき上げて言うが、わずかに頬が引きつっていた。
金の心配をしているなどとは口が裂けても言えないのだ。
キャハハッ、前と言ってること違うじゃないですかぁ
そうそう。『忙しそうにしてるヤツはただの無能』、だなんて言ってたのは誰だったかな~?
ねぇ~?
ははは
ライダは乾いた笑みを浮かべながら両わきの女の子たちの肩を抱く。
すると、女の子たちは楽しそうに空のグラスを持つと上目遣いに見てきた。
あっ、おかわりいいですかぁ~?
私もー!
え? あっ、えーっと……
いつもは即答するライダだったが言葉に詰まる。
女の子たちも「え?」と驚いたように顔を見合わせ固まっていた。
それもそのはず。それなりに高級な店だけあって、彼女たちのドリンク代はとてつもなく高いのだ。
えーっと……ごめん! ちょっと急用思い出したから!
えっ!? ちょっとライダさん!?
まだあんまり時間たってないですよ~
呼び止められるも、ライダは慌てて会計を済ませ店を出るのだった。
……くそっ、なんで僕がこんな……
夜空の下で悔しそうに拳を握るライダ。
それでも彼はまだ、自分の犯した過ちに気付けないでいたのだった。
翌日、ライダが浮かない顔で歩いていると、後ろから声をかけられた。
その声は美しく澄んだ若い女性の声で、ライダは振り向くと同時に微笑んだ。
そして彼女の姿を見て目を見開くことになる。
な、なんの……ごようでしょうか?
実は、あるお店を探しておりまして
そう、おしとやかな雰囲気や溢れ出る上品で優雅な仕草は、どこぞの令嬢かといった育ちの良さを感じさせる。
スノウのような性根の腐ったお嬢様とは比べ物にならない。
ライダはいつもの余裕を完全になくし、鼻息を荒くして詰め寄った。
お、お嬢さん! なんていう店を探してるの!?
え? え~と……
少し引き気味だった彼女が告げたのは、女性に人気のアクセサリー専門店だった。
今いる場所から近かったため、ライダはすぐにそこへ案内する。
きらびやかな店の看板を見つけると、令嬢は目を輝かせた。
そんな横顔にライダは見惚れる。
あっ! あれですね!? ここまで案内してくださり、ありがとうございました
いやいや、お安い御用だよ! 良ければ、用事が済んだ後、食事でも一緒にどうだい?
え? いえ、私は……
ライダが微笑みながら一歩近づくと、彼女は頬を引きつらせ後ずさる。
明らかに警戒されているが、それでもライダはたたみかける。
そうだ! その前に君の名前を教えてよ。僕はライダ。これでも、この町で有名なハンターなんだよ
は、はぁ……私は――って、あら? あちらにいらっしゃるのは……
はい?
令嬢が店の前を通りかかった青年に目を向け、ライダもその視線を追うと、そこにいたのは――
――ヤマト様!?
……へ? ちょ、ちょっとっ!?
彼女は、ライダと話していたことなど完全に忘れ、ヤマトの元へ歩み寄る。
ヤマトは『シーアさん?』と呟いて首を傾げ、知り合いであることは疑いようもない。
取り残されたライダは衝撃を受け、顔を歪めると後ずさった。
ど、どうしてあいつなんかが……
シーアは頬を赤く染め嬉しそうにヤマトへ話しかけている。
自分にまったくなびかなかった美少女が、自分よりも遥かに劣っていると思っていた男に惚れている。
その事実を突き付けられたとき、ライダのプライドは粉々に砕け散った。
…………………………
ヤマト様ぁ~
シーアが猫なで声を上げてヤマトの腕に抱きついてくる。
彼女が楽しそうにしているものだから、ヤマトも強引には引き剥がせない。
いつの間にか、ピー助もヤマトの肩をつたってシーアの肩へ移動していた。
シ、シーアさん? 近くない?
ごめんなさい。長いことヤマト様に会えなかったので、寂しくて……
シーアは伏し目がちにそんなことを言ってくるものだから、ヤマトは内心パニックに陥っていた。
通行人たちも思わず二度見してしまうような可憐な令嬢に密着されて、心臓がドキドキしすぎて爆発しそうだ。
で、でも、お店での用事は良かったの?
はい、また後で寄ります。せっかくヤマト様と会えたんですから、それよりも優先することなんてありません
シーアが弾けるような笑顔で見上げてきて、ヤマトは慌てて目をそらした。
恥ずかしくて目を合わせることができない。
そうしてしばらく歩いていると、
にゃ、にゃー!?
うん?
横には目を丸くしたラミィとシルフィもいて、三人は慌てて駆け寄って来る。
ヤ、ヤマト、これはどういうこと?
そ、そうだよ! 私たちがクエストに行ってる間、なにしてたわけ!?
ヤ、ヤマトさぁん
ち、違うんだ! 彼女とは偶然そこで会って……
ほんとにぃ? ていうか、この綺麗な人は誰!? ヤマトくんのなんなの?
この人は、シーアさんと言って――
――ヤマト様の婚約者です♪
いっ!?
――ピキッ!
なにか空間に亀裂が入ったかのような、不可解な音が聞こえた、気がした……
ちょ、ちょっとシーアさん、ここで冗談はやめてよ!
あら、ごめんなさい。うっかり口がすべってしまいました
シーアは反省した様子もなく、ふふふっと手を口元へ当てて上品に微笑む。
シルフィは「ちーん」と聞こえてきそうなほどの脱力具合で放心し、ハンナもガタガタと歯を震わせていた。
楽しそうに肩を震わせているのは、ラミィだけだ。
ヤマトは不穏な空気に冷汗をダラダラとかく。
さっきまでシーアの肩にいたピー助は、なにかを察知したのか既にいない。
ヤマト様っ、ヤマト様ぁ、こちらの方々は?
あっ、紹介するよ。ハンターパーティ、トリニティスイーツのメンバーなんだ。彼女はリーダーのラミィ、こっちがハンナ、後ろにいるのがシルフィだよ
そうでしたか。みなさま、いつもヤマト様がお世話になっております
シーアはそう言ってスカートのすそをつまんで優雅におじぎする。
まるで『私のヤマト様』とでも言いたげなオーラに、ハンナは「うっ」とのけ反った。
ハンナは今にも泣きそうなシルフィと手を握り合うと、「うぅぅぅ」となにやらヤマトへ目で訴えてきた。
しかしヤマトにはどうすることもできず、苦笑するだけだ。
ハンターの方々ということは、お仕事ですのね?
そ、そうなんだよ。僕はこのパーティの資金管理をしているんだ
そうだったんですか。良い人たちと巡り合えたようで安心しました
シーアはそう言って慈愛の満ちた微笑を浮かべる。
もしかしたら彼女は、ヤマトがソウルヒートを追いだされたと聞いてから、ずっと心配していてくれたのかもしれない。
さてと、ヤマト様とは十分お話できましたし、お仕事の邪魔をしてもいけませんので、私はここで……
シーアはそう言うと、頬をポッと染め、ヤマトの頬へチュッ❤と軽くキスしてきた。
っ!?
「「「んなっ!?」」」
それではヤマト様、ハンターのみなさま、ご機嫌よう
シーアは優雅な足取りで去って行く。
ヤマトはその背中を、とろけるような夢心地で見送るのだった。
その背後で、女子たちが目を光らせているとも知らずに……
さて、じっくり話を聞かせてもらうとするか
ぐぬぬぬ~
ぐすん……ヤマトさん、私だってあなたのこと……
その後、三人に宿へ連れ込まれ、誤解が解けるまで何時間も尋問を受けるヤマトだった。