――それは、数時間前の記憶――
雪降る都心の広場。
一人の少女が黙々とパンを食べていた。
由紀は、目をキラキラと輝かせながら一心不乱にホットドッグを頬張っている。
のどに詰まらせないように気を付けてね
勇樹は、由紀の無反応を気にせず慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。
彼には地味で戦闘にも役立たない特殊能力があった。
それは、ホットドッグを無から生み出すということ。
しかも、不発に終わることも多々あるポンコツ能力。
そんな能力に彼は満足していた。
なぜなら、感情を失った由紀が、それを食べるときだけは目を輝かせるのだから。
勇樹が呆けていると――
『――緊急連絡! 各自応答せよ!』
勇樹が所属する魔物討伐隊のリーダーから念話が届いた。
それは、珍しくもない出撃命令だったが、内容を聞いていくうちに、次第と勇樹の表情が強張っていく。
最後まで聞き終えると、勇樹は由紀に向き直った。
そして、穏やかな笑顔を無理矢理作りながら告げる。
それを聞いた由紀は、その水晶のように透き通った瞳を勇樹へ向けた。何を言うわけでもなく、何を考えているのかも分からない。
だが、いつものことだ。
勇樹は、いつしか彼女を守ることが自分の使命だとさえ思うになっていた。
勇樹が儚い笑みを浮かべ、由紀に背を向け歩き出そうとする。
だが、小さな力が勇樹の右袖を引っ張った。
彼が目を見開き振り向くと――
――やだ。行かないで……
……由、紀? 急にどうしたの?
初めてのことだった。
普段は冷たい表情で無口なあの由紀が、今は瞳を揺らし、声を震わせている。
彼女は手のひらをギュッと握りしめ、何かを決心したかのような、力強い意志を瞳に宿した。
だって――
――ギャオルゥゥゥゥゥッ!
勇樹は、『走馬灯』から引き戻された。
ドラゴンの咆哮によって。
(まったく、いいところだったのに……)
彼は、血だまりの中に突っ伏していた。背中の傷は大きく、もう立ち上がることも叶わない。
勇樹を含む討伐隊五十名は、ある村を襲った五体のドラゴンの討伐を命じられた。
しかし、圧倒的な力を有するドラゴンが相手では、手練れの戦士五十人でも一体の相手が限界だ。そんなバケモノが五体もいるというのだから、敵うはずもない。
それでも、親兄弟や友達を助けるために彼らは立ち向かった。
その結果がこれだ。
数十分で討伐隊はほぼ全滅。
勇樹もドラゴンの強靭な爪で背を大きく裂かれ、無惨にも倒れた。
だから、彼は死の間際、由紀との最後のデートを思い出そうとしていた。
(……由紀は、最後になんて言ったんだっけ?)
まともに働かない頭でどうにか思い出そうとする。それを思い出せば、もう未練はないとさえ思っていた。
少しづつ、少しづつ、彼女の表情を思い描いていく。
不安を隠したように、弱々しく微笑みながらも瞳には情熱。
そして頬を僅かながら朱に染め、呟いていた。
その言葉を。
――ドクンッ
(はは、はははははっ。僕の大バカ野郎。最後に何てこと思い出すんだよ。そんなこと思い出しちゃったらさぁ――)
――もう、死ねないじゃないかぁぁぁぁぁっ!
勇樹は精神力だけで立ち上がる。そこには理屈などなにもない。
「生きて由紀の元へ帰る」、その強い想いだけがあった。
無情にも、勇樹の動きにいち早く反応したドラゴンがいた。
それは、すぐさま口を大きく開け、羽ばたきながら勇樹へと迫る。
次の瞬間――
ギャオォォォォォンッ!
轟いたのはドラゴンの断末魔だった。
そういうことだったのか
呟いた勇樹の手には巨大な剣が握られていた。それは伝説に登場する『竜殺しの剣』。
それこそ勇樹の真の力だ。
彼の能力は、ホットドッグを生み出すことなどでは断じてない。
その力の本質は、彼の強い願いに対して、あらゆる生物の本質、思考、万物流転に干渉し、最適解を導くこと。
つまり今、勇樹の「生きて由紀の元へ帰る」という強い願いによって『竜殺しの剣』が具現化したのだ。
(ようやく、ホットドッグしか出せない理由が分かった)
それは由紀の好物だったから。
彼の「由紀を喜ばせたい」という願いが生み出した産物だったのだ。
そして、勇樹は前を向いた。
前方に四体のドラゴンが迫る。
しかし、彼の全身には力が満ち溢れていた。
もう二度と倒れたりはしない。
――由紀を独りになんて、させてたまるかぁぁぁぁぁっ!
勇樹は駆け出した。
由紀との幸せな未来を掴むために。
―― f i n ――