#24 龍二の決意【半妖の陰陽道 第五章】

第五章 龍二の百鬼夜行

 

 

龍二
――百鬼夜行か……

 

龍二は広い居間に一人、ポツンとあぐらをかき唸っていた。

修羅と鈴は掃除の後片付けを、桃華は雪姫の手伝いをしに厨房へ行っている。

 

やることのない龍二は、先ほどのやりとりから百鬼夜行について考えていた。

今の龍二に父の築いた龍の臣を継ぐ資格があるのか、そもそも陰陽師を目指す者が百鬼夜行を従えるというのはアリなのだろうかなど。

もし一歩間違えば、先日時雨が言っていたように陰陽庁から追放されかねない。

だからといって、支えてくれる雪姫や鈴たちをないがしろにするわけにもいかない。

 

龍二
はぁ……どうしたもんか

 

肩を落としてため息を吐き、畳の上に大の字になって寝転がった。

一番の問題は意志だ。

なんとしても、父の百鬼夜行を継ぐのだという強い意志があれば、迷うことなく信じた道を突き進むというのに。自分に自信がないせいで迷いを断ち切れない。

そうして答えが出せず寝転がっていると、外から声をかけられた。

 

龍二様、今よろしいでしょうか?

 

低い男の声だった。

どこかで聞き覚えのある声だが、修羅ではない。

他に男の妖はいないはずだが、雪姫が「人数が増えた」と言っていたことを思い出し、もしかすると修羅以外にも新たな妖が来たのかとぼんやり思った。

龍二は体を起こし、とりあえず返事をする。

 

龍二
……どうぞ
嵐魔
失礼致します
龍二
あ、あんたは!

 

襖が開いて外にたたずむ男の姿を見たとたん、龍二は身構えた。

そこに立っていたのは、着物に刀を差した銀髪の男、鬼鼬おにいたちの嵐魔だった。

 

 

彼は戸を閉めて部屋に入ると、ゆっくりと龍二の前に正座する。龍二も慌ててそれにならって正座した。

相変わらず彼の表情は硬く、雰囲気が重い。

 

嵐魔

改めまして、鬼鼬の嵐魔と申します。かつて龍の臣で頭首補佐をしていました

 

嵐魔は律儀に名乗り、龍二は「ど、どうも」と頭を下げる。

龍二が喧嘩に巻き込まれそうになったとき、般若と遭遇したとき、鬼憑に殺されそうになったとき、彼はいつも助けてくれた。

そこに疑う余地はなく、龍二は頭を下げて謝意を伝える。

 

龍二
いつも助けてくれてありがとう
嵐魔

いいえ、それが私の罪滅ぼしですから

龍二
罪滅ぼし?

 

龍二が聞き返すと、嵐魔が悔いるように眉を歪め視線を下げる。

ただならぬ事情がありそうだった。

雰囲気がさらに重苦しくなり、龍二は慌てて話を逸らす。

 

龍二

頭首補佐ということは、今の龍の臣を率いているのはあなたということで間違いないかな?

嵐魔

いいえ。私はもう、補佐でも幹部ですらもありません

 

嵐魔は神妙な表情でゆっくりと告げる。

その表情は苦しそうで、見てる龍二にもその無念さが痛いほど伝わって来た。

彼はゆっくり呼吸を整えると、まるで懺悔するかのように悲痛に顔を歪め語った。

 

嵐魔

今の私が頭首補佐を名乗ることなど、他の幹部たちの誰も認めはしないでしょう

龍二
どうして?
嵐魔

先日、あの半妖が言った通りです。私は、頭首様のおそばにいながら、守れなかった。あの日、遠出をしていたのは頭首様と私、それと護衛の妖が数体でした。そこで私たちは敵の巧妙な罠で分断され、襲撃を受けたのです

龍二
敵はいったい……
嵐魔

おそらく陰陽師でしょう。私を襲ってきた敵は素性を隠していましたが式神でした。足止めされた私が敵を振り払い、頭首様の元へ辿りついたときには、もう敵の姿はなく護衛たちも殺されていました

 

嵐魔はこめかみをヒクつかせながら拳を握りしめていた。

龍二は雪姫から以前聞いたことを思い出す。

頭首補佐が駆けつけたときには、父は瀕死状態にあったのだと。

もし自分が同じ立場なら、悔しいなんてものじゃない。

 

嵐魔

頭首様がいなくなってしまうと、補佐に権限が移りますが、他の幹部たちはそれを良しとしませんでした。それもそうでしょう。私は頭首様をむざむざ死なせた上に、仇の素性すら分からなかったのですから

 

龍二は頬を悲痛に歪め拳を握りしめる。

自分で自分を責め続ける嵐魔の姿が見ていられなかった。

彼が悪いわけではないと頭では分かっているのに、かける言葉が見つからない。

 

嵐魔

それが原因で龍の臣の幹部は去って行きました。参事は部下を置いて一人で姿を消し、上席は自身の部下を引き連れて去りました。そして残った末席は、この屋敷を守り続けると誓った私と雪姫たちを見限り、龍の臣の残党を連れて新たな龍の臣として独立したのです

龍二
そんなことが……でも、どうして嵐魔は残ったんだ? あなたならたとえ幹部の座を失っても、龍の臣としてついていけたはずだ

 

龍二は思わず聞いていた。

今の話では、幹部末席は嵐魔への不信感ではなく、頭首のいなくなった本邸に固執こしつしたからのように思える。

目々連や桜千寿は仕方ないが、父がいなくなった上に龍二を連れて母も出て行き、誰もいなくなった本邸に留まる必要があったのか。

 

嵐魔

そんなことはできません。龍二様が血に目覚めたとき、必ずおそばで支えると頭首様に誓っていたのですから

龍二
……どうしてそこまで?
嵐魔

恩に報いるためですよ。私はかつて鎌鼬かまいたちという風を少し操れるだけの弱い妖でしたが、当時の陰陽師たちは、私がなにもせずとも滅しようとしてきました。瀕死の重傷を負い、死の間際で救ってくれたのが頭首様だったのです。あの方は、陰陽師を追い払ったばかりか、ご自身の血を分け与え私を生かしてくれました。その血に順応し、鬼鼬として力を得た私は、あの方のためならこの身すら投げ出すと誓ったのです。ですから、あの方の希望である龍二様、あなたを守るためなら幹部の座など失っても構わない

 

淡々としていた嵐魔の声は、次第に熱を帯び、揺らがない意志を伝えてきた。

龍二はその熱意に言葉を失う。

彼は冷静沈着な雰囲気に似合わず、忠義に厚い男だったのだ。

嵐魔は続けて、拳を握り怒気を孕ませながら告げた。

 

嵐魔

それに、龍の血が目覚めれば、いつの日か必ず奴らが姿を見せるはずですから

龍二
奴ら?
嵐魔

頭首様を手にかけた憎き仇です

 

そのとき、怒りに震える彼の姿が自分と重なり、ある可能性が龍二の脳裏をよぎった。

 

龍二

……もしかすると、母さんを殺した奴も……

嵐魔

私もそう思っています

 

嵐魔は神妙な表情で頷いた。

父の仇が急に身近なものに感じられ、龍二も怒りに震えた。

 

嵐魔

我が悲願、それは亡き主の仇を討つこと

 

嵐魔がそれを告げたとき、龍二は彼の目を見て言った。

今ならなんとしても復讐を果たそうとした修羅の気持ちが分かる。

 

 

龍二

……嵐魔、その願い、俺に託してくれないか?

 

嵐魔は驚いたように龍二の目を見返す。

すぐには答えず、なにかを見極めているようだ。

 

嵐魔

……

龍二
俺が強くなって、必ず父さんと母さんの仇を討つ。苦しめられた嵐魔や、龍の臣のみんなの分まで

 

それはみんなの悲願を叶えるという意志表明であり、百鬼夜行・龍の臣を継ぐという決意でもある。

それを悟った嵐魔は、声を震わせた。

 

嵐魔

……ありがたきお言葉

 

そして懐かしむように頬を緩ませると、深く頭を下げる。

 

嵐魔

龍二様、よろしくお願い致します

龍二

ああ。でも、そのためには力がいる

嵐魔

そのための百鬼夜行です。我らの力、すべて龍二様のために――

 

その日、龍二は誓った。

人として陰陽術を、妖として百鬼夜行を操り、必ず両親の仇を討つのだと。

 

 

 

ここまで読んでくださり、誠にありがとうございました。

続編については、原作がまだ追いついていないために中断している状況です。

大変恐縮でございますが、お気を長くしてお待ち頂けますと幸いです。