#16 再戦【滅亡世界の魔装設計士 第三章】

第三章 凶霧より生まれし少女

 

 

数日後、準備は整った。

まず、シモンの紹介で訪れた魔術師専門店でメイに合う、袖の長い紺のローブとロングスカートを買った。

この装備一式には防御力上昇の魔術が施されており、魔術が使えない者でも常時発動できるため高価だ。

だがメイには動き回ってもらうことになるので丁度良い。

 

メイ

わぁ……シュウゴお兄様、ありがとうございます

 

喜びながら姿見で全身を見回しているメイは年相応だった。

シュウゴは年の離れた妹を持った気分だ。

 

店員

可愛いらしい妹さんだね。大切にしてやりなよ

 

ローブを改造した肩出しミニスカートの店員のお姉さんが微笑ましげに声をかけてきたので、シュウゴは頬を緩ませながら頷いた。

 

シュウゴ
はい、もちろんです。それじゃあメイ、行こうか
メイ
はいっ!

 

メイが満面の笑みで元気良く返事をすると、二人は店を出た。

今回はデュラは留守番だ。

 

すぐ近くのシモンの元へ訪れると依頼していた新装備は完成していた。

シモンはメイの前に膝をつき、杖を差し出す。

 

その杖は先端以外の形状は一般的な木造りのものだが、サイクロプスの角で全体的に強度が底上げされている。

先端には、小さな砲門のような筒があり、中央の凹みに透明な球体が嵌められている。

これはイービルアイの目玉を加工したものだ。

シモンは杖の真ん中あたりにある突起を指さしメイに優しく説明する。

 

シモン

ここを押すと、レーザーっていう高熱の光線が出るんだ。そこそこの距離まで届くけど、火力が高いから注意して使うんだよ? あと、撃つときは両手に力を込めて、狙いが逸れないように足を踏ん張るんだよ? いいかなメイちゃん

メイ

はい、ありがとうございます。シモンさん

 

メイは受け取った杖『ビームアイロッド』を突起に触れないよう、注意しながら胸に大事に抱え頬を緩ませる。

しかしシモンは浮かない表情だった。

 

シモン

う、ぅん……僕にはお兄様と言ってくれないのかい? あ、シモンお兄ちゃんでもいいよ?

メイ

ご、ごめんなさい

 

メイはしょんぼりと眉尻を下げ謝るが、呼び方は変えない。

シュウゴ、ちょっと優越感。

 

シュウゴ

ありがとうシモン。おかげで準備が整った

シモン

いいさ。で、出発は?

シュウゴ

午後には行くよ

シモン

そうか。心配はいらないと思うが、無茶はするなよ? メイちゃんを危険な目に合わせたら許さないからな

シュウゴ

もちろんだ

 

シュウゴはと力強く頷くと家へ戻った。

ポーション、エーテル、フラッシュボムなどの必要なアイテム類を揃え、沼地での体制やコカトリス戦での作戦などをデュラとメイへ説明すると、シュウゴは二人を引き連れ紹介所へ向かった。

 

ユリたちは事情をよく分かってくれていたようで、今朝届いたバラムの依頼書を見せるとすぐに手続きを始めてくれた。

ユリが手続きをしてくれている間、ユラとユナが「可愛い、可愛い」とメイの話し相手になってくれたが、ツインテールとポニーテールが揺れるほど興奮している二人の勢いに、メイは目を回していた。

デュラも後ろで腕を組んでうんうんと頷いており、シュウゴは微笑ましい気持ちになる。

 

ユリ

――手続きはこれで完了です。どうかお気をつけて

 

シュウゴはユリから受け取った受注書の控えを確認し気を引き締める。

そこに書いてあったメンバー……クラスCハンターのシュウゴ、クラスDハンターのデュラとメイ。

彼女を争いの世界に引きずり込んでしまったことを改めて痛感する。

だがここで止まるわけにはいかない。

 

シュウゴ

それじゃあ二人とも、行くぞ!

 

シュウゴは二人を連れ、再び瘴気の沼地へと足を踏み入れるのだった。

 

 

シュウゴ
――はあぁぁぁっ!

 

シュウゴは勇ましく声を上げ、デュラと共に魔物たちを蹴散らしていく。

二人は前衛、メイを後衛に置き、カトブレパス、アラクネ、イービルアイ、と次々に蹴散らした。

デュラもメイもさすがに足が速く、シュウゴのバーニアにある程度ついて来れる。

それになんと言っても、二人にはスタミナ切れの心配も、状態異常にかかる恐れもないということが非常に心強かった。

 

シュウゴ
このまま一気に抜けるぞ!

 

シュウゴは小さな空洞に差し掛かると、フラッシュボムを内部へ投げる。

一時的に内部が見えるが、敵の姿は見えずすぐに出口へ繋がっていた。

内部には小さな鉱脈があり鉱石類が採取できそうだったが、無視して駆け抜ける。

 

毒沼や底なし沼を避け、魔物との戦闘を極力避けながらしばらく進む。

道中、メイのビームアイロッドの試射も済ませておいた。

 

どうやら持ち手の突起を押している間はチャージ状態でゆっくり光が収束していき、放すとレーザーが発射される。

そのようにして出力を調整することができ、低出力では魔物を怯ませる程度で最大出力だとカトブレパスの体を貫通するほどの威力になった。

この武器の元となったイービルアイは改めて有能に思う。

 

しばらく歩いてようやくターニングポイントの洞窟の前に辿り着いた。

その入口周辺には数々の毒沼があり、洞窟に入るにはその合間を縫っていく必要がある。

それでも人ひとりが通れるほどの狭い道だ。

辿りついたハンターたちは、いつもここで襲われるのだという。

シュウゴたちは洞窟から離れたところで足を止めた。

 

シュウゴ
メイ、大丈夫かい?
メイ

は、はぃ……

 

シュウゴが背後のメイに目を向けると、メイは不安げに瞳を揺らし洞窟を見ていた。

杖を両手でギュッと握り胸の前に寄せている。

小刻みに唇が震えているのを見るに、凄く緊張しているようだ。

道中の魔物討伐を見ていたって慣れることはない。

 

シュウゴ

大丈夫だよ。上手くいかなくたって、手段は他にいくらでもあるんだ。もしなにかあっても、そのときは俺の命を懸けてメイを逃がすから

メイ

お、お兄様……

 

シュウゴが安心させようと微笑みかけるも、メイは捨てられた子犬のような不安と恐怖の入り混じった表情でシュウゴを見上げる。

なにかを失うのを恐れているかのようだ。

 

シュウゴが次にかける言葉を見つけられず固まっていると、横でカキンッと金属のぶつかる音が響いた。

シュウゴとメイが驚いて音源を見ると、デュラが腰を落とし前方上空を見ていた。

おそらくランスと盾をぶつけて二人に注意を促したのだろう。

 

彼の視線の先では、恰幅が良く毒々しい色の鳥がシュウゴたちへと飛んで来ていた。

シュウゴは険しい表情でデュラの前に歩み出ると、背のグレートバスターを抜き二人に散開するよう指示する。

コカトリスが広い毒沼の上空まで差し掛かると、シュウゴはバーニアを噴かし飛び出した。

 

シュウゴ

アンナとリンの敵討ち、付き合ってもらうぞ!

コカトリス

クカァァァァァ!

 

 

コカトリスは真正面から急接近するシュウゴへ猛毒の塊を吐き出す。

以前、彼の左腕を溶かした漆黒と深緑の猛毒ブレスだ。

シュウゴは肘とブーツ側面からバーニアを噴射し水平に避ける。

コカトリスが連続して、一定のリズムでブレスを放っていく。

シュウゴはアイスシールドの内側からコカトリスを捉えつつ、飛来する猛毒の塊を避けながら肉薄した。

 

シュウゴ

食らえぇ!

 

コカトリスの頭上から大剣を振り下ろすも、コカトリスは身を反らしかすり傷程度しかつけられない。

反撃とばかりに紫色の翼をシュウゴに叩きつけてくる。

アイスシールドで防御するも大きく押し飛ばされた。

 

シュウゴ

まだまだぁっ!

 

すぐに体勢を立て直すと、高速で迂回しコカトリスの斜め後ろへ回る。

そのままコカトリスの首を断とうと大剣を振りかぶる。

しかしコカトリスとて反応できないわけではない。

体勢を斜めに傾けたかと思うと、シュウゴの斜め上からコカトリスの尾が振り下ろされた。

深緑の光沢放つ鱗に覆われた蛇の尾が。

 

シュウゴ

しまっ!

 

まともに食らってしまったシュウゴは、思わず大剣を手離し、自身も勢いよく叩き落される。

このまま落ちれば下は毒沼だ。

しかしこの勢いだと、バーニアを噴射しても落下の速度を緩める程度に過ぎず、着水は避けられない。

 

シュウゴは左腕『オールレンジファング』をコカトリスへ放った。

後は掴んだ部位へ向けて腕の糸を巻き取るしか落下を食い止める方法はない。

 

シュウゴ

――んなっ!?

 

しかし頼みの綱である左腕は、なにかを掴む前にコカトリスの尻尾によって振り落とされた。

もう毒沼への落下は不可避。そう思われた。

そのとき、シュウゴの左手がなにかに掴まれた。

 

シュウゴ

デュラ!?

 

シュウゴの左手を空中で掴んでいたのはデュラだった。

彼はシュウゴの左手を掴んだまま、その勢いでコカトリスの背に乗る。

シュウゴは急いで風魔法を発動し糸の巻き取りを開始。

間一髪、毒沼表面すれすれで止まったシュウゴはデュラの元へ向かう。

しかしデュラは、シュウゴの左腕を右へと放り投げた。

 

シュウゴ

っ!?

 

その直後、コカトリスがその場で体を暴れさせデュラを振り落とすと、落下するデュラの真上からクチバシを叩きつけた。

大きな衝撃音のすぐ後に盛大な水しぶきが上がる。

 

シュウゴ

デュラぁぁぁっ!

 

横へと投げ飛ばされていたシュウゴはやがて、地面に叩きつけられ泥をはねさせながら転がる。

激突の衝撃で体中に痛みが走ったものの、すぐさま立ち上がる。

デュラに投げられたおかげで毒沼から離れた陸地に着地していた。

しかしコカトリスも既にシュウゴへ狙いをつけていた。

 

コカトリス

カアァァァ!

 

コカトリスは叫びシュウゴ目掛けて飛んでくる。

シュウゴはすぐさまバーニアを起動して飛び上がり、今度は背を向け逃げ出した。

 

枯れた木々をかわし毒沼の上を飛びながら、背後から放たれる猛毒ブレスをかわしコカトリスを引き付ける。

しばらく円周上にジグザグ進み、頃合いを見計らって急に反転した。

コカトリスと向き合い、アイスシールドを展開すると、バーニア全開で真正面からぶつかる。

 

シュウゴ

ぐぅっ!?

 

シュウゴは衝撃で呆気なく吹き飛ばされたものの、コカトリスはその場で滞空した。

 

シュウゴ

今だ! メイ!

 

そのとき、極太の光線が飛来した。

それはコカトリスの翼を掠める。

コカトリスは「カッ!」と驚いたように短く叫ぶと、光の飛んできた方向に目を向け獲物を見つけた。

 

枯れた木々の根元の薄暗い草むらで、メイが慌てた様子でアイテムポーチを漁っている。

しかし焦りのためかボロボロとアイテムを地面に落としてしまい、目的のものが見つけられないでいる。

 

作戦が失敗しかけていた。

シュウゴがコカトリスを足止めしている間に、メイがフル出力のレーザーをコカトリスに直撃させる。

それが失敗しても、メイの存在に気付いて目を向けたコカトリスの目をフラッシュボムで潰す。それが作戦だった。

 

今はそのどちらも失敗。

次のレーザー照射までのインターバルは十秒程度。

このまま襲い掛かられたらひとたまりもない。

 

シュウゴは地面すれすれで受け身を諦め、オールレンジファングを放った。

 

シュウゴ

ぐはっ!

 

本人は激しく体を地に打ち付けるが、泥だらけで柔らかかったことが幸いした。

今にもメイへ向かおうとするコカトリスの眼前を左腕が遮る。

その手にはフラッシュボムが握られていた。

 

コカトリス

――カアァッ!

 

すぐさま閃光がコカトリスの視界を焼き、無様に地面へ叩きつける。

そしてその地面にはスパイダーホールド。

アラクネの糸を利用して設計したトラップアイテムだ。

コカトリスが地面でもがけばもがくほど糸が絡まり、十数秒は足止めできる計算だ。

これはシュウゴたちが陽動となってコカトリスと戦っている間に、メイが設置した。

 

シュウゴは左腕をメイの元へ飛ばし、杖を掴んでいるメイの手を包むように掴むと、糸を通して語り掛ける。

 

シュウゴ

メイ、大丈夫か?

メイ

お、お兄様……ご、ごめんなさいっ、わ、私……

シュウゴ

いいんだメイ。誰だって最初は失敗するし、何度も間違える。だから何回だってやり直せばいい

メイ

でも私、怖くて、辛くて、目を開けていられないんです。それでさっきも……

 

シュウゴは理解した。

メイは優しすぎるのだ。

怖くて辛いのは自分のことを案じているのではなく、敵が傷つく姿を見るのが耐えられないのだ。

ならば、それを誰かが背負ってやらねばならない。

たとえ全ては無理だったとしても、少しでもその重荷が軽くなるように。

 

シュウゴ

ごめんメイ。君に辛い思いばかりさせて。これは君のせいじゃない。そう指示した俺の責任だ

 

シュウゴは倒れていた体を起こす。

既にコカトリスは糸を振りほどき、メイに狙いを定めていた。

 

 

シュウゴ

メイ、最後に奴を狙ってくれ。後は目を瞑ったっていい。俺が支えるから

メイ

……はい

 

メイは震える手で杖の切っ先をコカトリスに向け、レーザーの収束を開始する。

するとコカトリスもメイへ向かって走り始めた。

 

メイ

ひっ……

 

メイは頬を歪ませ目をギュッと瞑る。

震えで射線がズレそうになるがシュウゴが左腕でしっかり支えていた。

やがて、レーザーの収束完了を確認したシュウゴが叫んだ。

 

シュウゴ

今だっ!

メイ

っ!

 

最大出力のレーザーが放たれる。

今度は射線は逸れなかった。

高熱量のレーザーはコカトリスの胴体をいとも簡単に貫き、コカトリスは足をもつれさせメイの目の前で転倒する。

 

コカトリス

――クカアァァァァァッ!

 

そして苦しそうにもがくと、最後に断末魔の叫びを上げ、ぱたりと倒れた。

メイは目を開けると顔を歪め後ずさる。

 

メイ

こ、これをわたっ……私が……

シュウゴ

違う。俺たちの戦果だ

 

シュウゴはそう言うとなけなしの魔力で左腕を身体へ引き戻す。

シュウゴはメイの元へ向かうべくゆっくりと歩き出した。

ポーションで体力を回復すべきだが、今は足を動かす方が先だと思った。

 

しかし、まだ終わっていなかった。

 

 

コカトリス

――カッ

 

コカトリスが突然目を開け、のっそりと立ち上がった。

 

シュウゴ

そ、そんな!?

 

様子を見るに瀕死の体ではあるものの、最後にメイに一矢報いるつもりか。

シュウゴはバーニアを噴射するが魔力残量が足りず、スピードが出せない。

コカトリスはのっそりと頭を上げ、クチバシをメイに振り下ろした。

メイはギュッと目を瞑り一滴の涙を流す。

 

メイ

ご、ごめんなさい――

 

――ガキィィィィィンッ!

 

激しい金属音が響いた。

メイの頭上に巨大な盾が現れ、クチバシを受け止めていたのだ。

 

メイ

……へ?

シュウゴ

デュラ!

デュラ
!!

 

デュラは盾でクチバシを押しのけ、ランスでコカトリスの喉元を突きトドメを刺す。

 

コカトリス

クァ……

 

コカトリスは叫ぶ余力も残っていなかったのか、今度こそ静かに倒れた。

デュラはゆっくり振り向くと、「あ、あの、私……」と怯えるメイの頭を優しく撫でた。

 

メイ

あっ……ありがとう、ございました

 

彼らの元へ歩み寄ったシュウゴは、頬を緩ませ微笑んだ。

 

シュウゴ

ありがとうデュラ。メイもよく頑張ってくれた。とりあえず今は一旦休もう

 

毒沼に落としてしまった大剣はデュラが回収し、毒消し薬をかけてシュウゴは再び背に納めた。

デュラのマントはたっぷりと毒を吸ってしまったので、脱ぎ捨ててもらうことにした。