#15 メイの安堵【滅亡世界の魔装設計士 第三章】

第三章 凶霧より生まれし少女

 

 

シュウゴは一度家に戻り、一枚の設計図を急ピッチで描き上げる。

これは少し前から進めていたもので、しっくりくる形が思いつかず保留にしていた。しかしメイのおかげでようやく納得のいく内容に仕上がったのだ。

シュウゴが設計図を描いている間、二人には必要な素材を指示し、アイテムボックスから素材回収袋へと詰めてもらっていた。

 

シュウゴ
……よし、それじゃあ行くか

 

準備を整えると、三人は商業区へ向かった。

日も暮れ始め、夕方になっていた。

 

商業区の大通りを歩いていると、メイが目を輝かせキョロキョロと辺りを見回していた。

これだけの人が行き来していることが珍しいのだろう。

やがてシュウゴはある店の前で足を止める。

 

シュウゴ
すみませーん

 

入口がカーテンで仕切られた小さな店だった。

主にポーションやエーテルなどのアイテムを、教会の委託で売っている小さな店だ。

店内に人気がないのを確認したシュウゴが大声で呼ぶと、カウンターの後ろの部屋から眼鏡をかけた細身で気弱そうな男が出てきた。

 

店員

い、いらっしゃいませ……ど、どのようなご用件でしょうか?

 

店員はシュウゴたちの姿を見ると、不審げに眉をひそめた。

声には恐怖による震えもある。

それも仕方ない。

両腕両足が仰々しい装甲に覆われた赤毛の青年、全身を漆黒のマントで覆った長身の騎士、豪勢なドレスを身に纏った小柄の美少女が突然現れたのだ。

怪しくないとは断言し難い。

 

シュウゴ
閉店前にすみません。この杖が欲しいんですけど

 

シュウゴは適当に見繕った杖を店員に渡す。

店員は「あぁ、はいっ」と面食らったように慌てて返事をすると、すぐにカウンターで手続きを始める。

提示された金額を見たシュウゴが財布を漁っていると、店員がおずおずと尋ねてきた。

 

店主

ところであなた方は一体……そちらのご令嬢はどなた様のご息女で?

 

おそらくデュラに尋ねているのだろうが、もちろん返って来るのは静寂のみ。

シュウゴが金を出しながら答える。

 

シュウゴ
いえいえ、しがないハンターパーティですよ
店主

そ、そうですか……いえ、出過ぎたことをお聞きしてしまい申し訳ありません。料金は間違いなく受け取りました。お買い上げありがとうございます

 

店員は領収書をシュウゴへ渡し頭を下げた。

シュウゴは杖を持って店を出る。

特に魔法などは秘めていない打撃用の杖だ。

有用性はほとんどないが、新しい装備には必要だった。

 

商業区をさらに進みながらシュウゴはおかしそうに笑う。

 

シュウゴ
あの店員の人、メイのことをどこかのお姫様と勘違いしちゃったかもね
メイ

お、お姫様ですかっ?

 

メイが目を見開き、ぱぁぁぁっと頬に朱を散らし俯く。

耳まで真っ赤だ。横から見える頬は緩んでおり、喜んでいるのかもしれない。

 

シュウゴ

まぁ、そう見えても仕方ないとは思うけどね

メイ

そ、そんなこと、ないですよぅ……

 

メイは長い袖で隠れた手を口に添え、恥ずかしそうにシュウゴを見上げる。

どんな表情をしていいか分からないといった反応だ。

シュウゴは保護欲を激しく掻き立てられながらもニヤつくの我慢し、ようやくシモンの鍛冶屋へ辿り着く。

 

 

シュウゴ

――シモン、いるか?

 

いつもの感じでカーテンを開けると、シモンはアイテム生産の作業をしていた。

それを見たシュウゴは目を丸くする。

 

シュウゴ

珍しいな。シモンが自らアイテムを作るだなんて。いつもだったらそんなの外注するのに

シモン

失敬な。僕だって手が空けば実作業するさ……って、こりゃまた君ぃ、いくら僕でも誘拐には加担できないよ?

 

シモンが目を丸くしてメイを見ていた。

メイはシュウゴの後ろに隠れる。

灰色の法衣に全身を包帯のような布で覆っているシモンの不気味さが怖いのだろう。

シュウゴも同意見だから仕方ない。

 

シュウゴ

誘拐なんてする度胸が俺にあると思うか?

シモン

これっぽっちも思わないね

 

二人はケラケラと楽しそうに笑う。

シュウゴはメイを横に立たせシモンに紹介した。

 

シュウゴ

彼女はメイ。種族はおそらくアンデット族という不死の存在だ。廃墟の村で討伐隊から助け出した。メイ、彼は俺の友人でこの鍛冶屋の主なんだ

シモン

ほぅ、なるほどね。君が噂の亡霊ちゃんてわけか。よろしくね、メイちゃん

メイ

は、はいっ、よろしくお願いします

 

メイは緊張した面持ちでぺこりと頭を下げる。

 

シモン

良い子だねぇ……で、用件はなんだい? わざわざ彼女を紹介するために来たわけじゃないんだろ?

 

シモンはデュラがマントの中から手を伸ばして見せた袋に目を光らせる。

シュウゴが「ああ」と頷き設計図を渡すと、シモンは興味津々といった様子で目を走らせた。

デュラは素材袋を作業机に置き、メイも両手で抱えていた杖を置く。

 

シモン

……ふぅん、中々面白いことを思いつくね。必要なものは、杖、傷のないイービルアイの目玉、アラクネの糸、サイクロプスの角といったところだけど、あるのかい?

 

デュラは素材袋を作業机に置き、メイも両手で抱えていた杖を置く。

 

シュウゴ

これで足りるか?

シモン

やってみるよ。その前に、事情も話してくれるんだろうね?

シュウゴ

もちろんだ

 

シュウゴはこれまでの経緯をシモンに話した。

 

シモン
――まったく、君って奴は心が痛まないのかい? こんないたいけな少女を戦わせるなんて
シュウゴ

そりゃ俺だって嫌さ。でも――

メイ

――いいんです。怖いですけど、私のために闘ってくれたシュウゴお兄様のために私も闘います

 

メイが強い意志を秘めた瞳をシモンへ向け告げる。

さきほどまでと打って変わって気丈にもまっすぐに立っている。

しかしシモンが反応したのはそこじゃなかった。

 

シモン

お、お兄様ぁっ!? シュウゴ! 君はどこまで外道に成り下がるつもりだぁっ!

 

シモンが悔しそうに歯ぎしりし、シュウゴを睨みつけると、シュウゴは慌てて弁明し始めた。

 

シュウゴ

い、いや、それは彼女が勝手に……

シモン

彼女が好きでそう呼んでいるというのか!?

シュウゴ

別にそういう意味で言ったわけじゃ……

 

シモンが涙目でシュウゴに詰め寄る様を見てメイは首を傾げた。

二人はなにを言い争っているのだろうと。

そんなメイの肩をポンポンとデュラが優しく叩いた。

彼女がデュラに目を向けると、デュラは首をゆっくり横に振る。

 

メイ
???

 

相変わらずデュラの考えは分からないようだ。

しばらくしてシモンは冷静さを取り戻した。

 

シモン

まあいい。彼女には法衣でいいだろうから、知り合いの魔術師専門店を紹介するよ

シュウゴ

ほ、本当か!?

シモン

勘違いするなよ? あくまでメイちゃんのためだ

シュウゴ

お、おぅ。分かった。それじゃあよろしく頼む

 

嫉妬にまみれたシモンの眼力に怯みながらもシュウゴは頼み込み、メイもそれにならって頼み込む。

 

メイ

よ、よろしくお願いします

シモン

もちろんさ! 期待して待っててね

メイに願いされた途端、シモンのテンションが上がる。

客によって態度を変えるなんて、まったくシモンにも困ったものだと、シュウゴは思った。

 

 

家に戻ったときにはもう夜だった。

ランタンがほのかに照らす室内で、デュラはいつも通り隅に膝を落とし眠りにつく。

シュウゴはメイに向き合うと深く頭を下げた。

 

シュウゴ
本当にごめん!
メイ
ふぇ?

 

メイはキョトンとしてつぶらな瞳をパチクリさせる。

 

シュウゴ
俺はメイを利用した。君の意志を度外視し、戦いに巻き込んでしまった。許されないことだとよく分かってる。だから本当にすまない!

 

シュウゴは深く詫びた。

やむを得なかったとはいえ、争いを望まないか弱い少女を無理やり戦わせるなど、悪の所業だ。

それこそ、無垢な少女を騙して犯罪に巻き込む現代の犯罪となんら変わらない。

 

メイ

大丈夫ですよ、お兄様

 

優しい声に顔を上げると、メイははにかむように微笑んでいた。

 

メイ

確かに争いは嫌ですけど、全てお兄様が私を助けるためにしてくれたことだと分かってますから。むしろ凄く嬉しかったです。今までずっと一人で寂しくて、悲しくて……

 

メイは声を震わせ俯く。

彼女はずっと我慢していたのだ。

その小さい体に様々な不安を抱え込み、いつか救われると信じて彷徨い続けたのだろう。

 

シュウゴ
メイ……もう我慢しなくていいよ。今日からここが君の家だ

 

シュウゴは微笑む。

メイはとうとう我慢の限界を迎え、シュウゴの胸に飛び込んだ。

そして声を上げて泣く。

シュウゴはただ優しく彼女の頭を撫で続けるのだった。

 

その夜、シュウゴは中々寝付けなかった。

布団の中にはシュウゴとメイが背中合わせで寝ている。

もちろん、それは彼が望んだことではない。

最初はメイ一人に使わせようとしたが、彼女が不安がりやむを得ず背中合わせに寝ることで妥協した。

 

メイはもうぐっすり寝ており、ときたま「お兄様ぁ……」と甘えた声で寝言を言うからシュウゴも気が気でない。

 

シュウゴ
ふぅ……

 

シュウゴは深呼吸し、気持ちを落ち着かせる。

冷静になって、なぜ自分がここまでメイに優しくするのか考えた。

 

シュウゴ
――そうか……

 

シュウゴはメイに昔の自分を重ねていたのかもしれない。

見ず知らずの世界へ放り込まれ、独りぼっちになってしまった絶望。

それはシュウゴとて深く苦しんだ。

そして、メイのような少女が同じ目に合うことを許すわけにはいかなかったのだ。

そう考えるとなんだか気分がスッキリしたようだった。

 

シュウゴは不思議なむず痒さを感じながら眠りにつく。

大変なのはここからだ。

クラスBモンスターを討伐しなければならない。

逃げ帰ることは許されず、背水の陣。

だからこそ、シュウゴは今度こそコカトリスを倒し、仲間を守る決意を固める。

 

シュウゴ
もう二度と、アンナとリンのときのような失敗は繰り返さない