#13 修羅 VS 桃華【半妖の陰陽道 第三章】

第三章 もう一人の半妖

 

 

龍二
え?

 

一瞬の後、龍二は唖然と声を漏らした。

目の前に突然、大きな背中が現れたのだ。

見覚えのない男だった。

 

龍二と同じ白銀の髪をした着物姿の男。

紫の竜紋の刺繍が施された灰色の羽織を着て、行灯あんどん袴の腰には刀を差しており、草履ぞうりを履いている。

その体から漂ってくる雰囲気は覇気のように重く強く、妖気は感じられないがただ者ではない。

 

彼は他愛もなく少年の拳を掌で受け止めており、背後の龍二へ横顔を向けた。

 

お怪我はありませんか?

龍二
え? は、はい……

 

突然安否を確認され戸惑った龍二だったが、とりあえずこくりと頷いた。

男の瞳は深紅に輝き整った顔立ちだが、目つきは鋭く、美しさと共に鋭利な印象を与えてくる。

しかし龍二に問いかけた低い声には、優しさが混じっていて、なぜだか懐かしさを感じた。

 

男は目の前に視線を戻すと、受け止めていた拳を軽く押し返す。

呆けていた少年はよろけて尻餅をついた。

 

男子高校生
な、なんだコイツ……

通りすがりの一般人ですよ。龍二様、こちらはどうぞ気にせず、ご帰宅なさってください

 

なにがなんだか分からなかった龍二だったが、とりあえず助かったと思い、桃華の手を引いてその場から走り去る。

そのときは気が動転していて気にも留めなかった。

なぜ、あの男が龍二の名を知っていたのか。

そしてその後、再び龍二の前に姿を見せることはなかった。

 

…………………………

 

 

遠野との摸擬戦から数日後、再び塾での摸擬戦の日がやって来た。

まず二戦、龍二は大人しく見学者として塾生たちの術比べを見ていたが、やはり式神を使うものはおらず、陰陽五行や結界などの基本的な術での攻防となっている。

式神の術と比べればどうしても迫力が足りない。

 

山田
――では次!

 

二戦目の講評を終えた山田講師が次の対戦者を指名する。

彼が指名したのは、

 

教師

嵐堂桃華、対して武戎修羅。両名は中央へ

龍二
っ!?

 

ドクンと龍二の心臓が跳ね上がる。

とうとう気になっていた武戎の出番がやって来たのだ。

そしてその相手は桃華。

先日は勝てると意気込んではいたが、武戎の性格を聞いているだけに少し心配だ。

 

龍二
桃華……
桃華

大丈夫ですよ、龍二さん。私、強いですから

 

不安そうな表情を浮かべる龍二に、桃華は軽く笑いかけて迷いなく中央へと歩いていく。

対して武戎は、いつものファー付モッズコートを着て、左手には刃渡り一・五メートルほどの長い刀を納めた鞘を握っている。

 

龍二
おい、あいつ刀を持ってるぞ
静谷

龍二くん落ち着いて。摸擬戦では抜刀さえしなければ使用できるルールなんだ。なにより、あれがないと式神の術が使えないからって本人が言ってみたいだし

龍二
そうなのか……

 

龍二は声のトーンを落とす。

そんな彼を見かねた遠野が声をかけてきた。

 

遠野

大丈夫だ。お前は知らないかもしれないが、嵐堂だってかなりのもんだぞ

龍二
そうなのか?

 

自分で強い言っていたのは、桃華のただの見栄かと思っていたが、遠野も言うのだから分からなくなってきた。

そして、彼らが話しているうちに、山田が結界を張り摸擬戦の火蓋ひぶたが切って落とされた。

 

 

桃華は牽制とばかりに、早速数枚の呪符をポーチから取り出し放つ。

 

桃華

悪しきを祓い、純粋なる如く清めたまえ、急急如律令!

修羅

 

連続して放たれる水弾。

対して武戎は、眉一つ動かさず呪文すら唱えずに、数枚の呪符を宙に並べ障壁を張る。

だがそれでも強度は十分だ。

マシンガンのような勢いで水弾が打ち付けられるが、ビクともしない。

そして一枚余分に持っていた呪符を桃華へと投げる。

 

修羅

火術

桃華

界!

 

水弾の軌道を避けて飛来した炎球は桃華の張った障壁によって消滅。

たった一枚の呪符に詠唱もなしだったが、それでも目を見張る威力だった。

少なくとも、先日の摸擬戦で遠野が使った木生火と同等かそれ以上だ。

 

二人はしばらく、互いに結界を組み直しながら、火術と水術の応戦を繰り返す。

塾生同士の術比べとはいえ、比類なき速さで術をぶつけ合い、見学している塾生たちもレベルの違いを見せつけられていた。

 

いつになっても互いの顔に疲弊の色は見えない。

痺れを切らした桃華が次の一手に出る。

 

桃華

やっぱり、一筋縄ではいかないようですね。なら全力でいきますよ! 式神招来『銀狼ぎんろう』!

 

彼女が目の前に叩き付けたのは形代。

そしてそれは白銀の光を放ち、影が四足歩行の形を作っていく。

やがて生まれたのは、綺麗な銀色の毛皮に覆われた、黄金の瞳を持つ狼だった。

鋭い牙を光らせ獰猛な息遣いで武戎を睨む白銀の狼は、「ワオォーンッ!」と甲高い遠吠えを上げる。

 

静谷

す、凄い! 嵐堂さんも式神が使えたんだ!

 

龍二の横で静谷が興奮の声を上げる。

桃華の友達の女子塾生たちも「凄い凄い」と興奮して手を握り合っている。

遠野は悔しそうに拳を握っていた。

 

桃華

銀狼、突撃!

 

桃華の合図で、銀狼は武戎へと走り出す。

ジグザグの軌道をとり、とてつもないスピードで。

武戎も炎球を放って弾幕を張るが、銀狼は冷静にその軌道を見切って最小限の動きで避けながら進む。

 

一瞬の後に武戎へと肉薄した銀狼は、床を蹴って跳び上がり、武戎の左下から右肩にかけてその強靭な爪を振るう。

 

修羅

くっ!?

 

初めて武戎の表情が驚愕に変わった。

鋭利な爪は彼の張った障壁をまるで紙切れのように切り裂いていたのだ。

 

武戎は冷静に、左に握る鞘で宙の銀狼を叩こうと振り上げるが、銀狼は足で鞘の横側を蹴り跳び退く。

だが隙はできた。

武戎は再度障壁を張ろうとするも――

 

桃華

――その隙は与えません! 土術! 水術!

 

突如、武戒のすぐ下から土でできた棒のようなものが一斉に襲い掛かる。

二人の動きをよく見ていた龍二には、すぐに気付けた。

桃華は銀狼の足に呪符を仕込んでいたのだ。

銀狼が跳び上がる際に床へ落とし、障壁を破った直後、土術で追撃するために。

武戎が鞘で受け流そうとするが、桃華は既に水術も放っている。

彼に逃げ場はない。

 

龍二
凄い……

 

龍二は思わず震えた。

彼が記憶している限り、桃華は牛鬼戦の際に木術も見せており、彼女は少なくとも五行のうち木、土、水の三種類は使えるということだ。

それに加えて式神まで契約している。

これでは疑いようもない。彼女の才能は本物だ。

 

桃華

これで終わりです!

 

勝ちを確信する桃華。

下からは土術、前方からは水術、障壁を張っても銀狼が切り裂くという絶対絶命の武戎は、それでも冷静に左手の鞘を振り上げた。

鞘を握る手の隙間には、形代が挟みこまれている。

 

修羅

終わるのはお前だ。式装顕現『焔刀えんとう罪火さいか

 

 

次の瞬間、武戎の鞘へと周囲の空気が吸い込まれ、凄まじい量の炎が生まれる。

燃え盛る紅蓮の炎は、鞘全体を包んで灼熱の刀と化した。

 

修羅

ふんっ!

 

熱気と共に炎の刀が振るわれ、一瞬にして土も水も消滅する。

 

桃華

そんなっ!? 銀狼!

銀狼
ギャゥンッ!

 

襲い掛かった銀狼も焔刀の一振りで完全に消失。

その間、武戎は腕を振るっただけで一歩もその場から動いていない。

 

彼の鞘が纏った炎はごうごうと逆巻き、まるで周囲の空間を焼いているかのように空気の歪みを生み出している。

火術などの比ではないことは一目瞭然だ。

あまりの迫力に桃華は後ずさる。

だがすぐに首を横へ振ると、呪符をばら撒いてありったけの水弾を放った。

 

桃華

このぉっ!

修羅

無駄だ

 

武戎が地を蹴り、とうとう攻勢に出る。

彼は障壁も張らず水術の被弾を恐れずに、姿勢を低くして全速力で桃華へと迫る。

鬼気迫るその表情は、もはや鬼にすら見えた。

 

桃華

くっ、これなら!

 

武戎と桃華を繋ぐ直線の中央辺りに呪符を投げ、土術を発動させる。

足場を崩して動きを封じるつもりだ。

しかし彼は、崩れゆく床を蹴ると跳び上がり、桃華の背後へと降り立った。

 

桃華

かっ、界っ!

 

桃華が振り向き障壁を張ると同時に、武戎は焔刀の突きを繰り出す。

透明な壁と炎を纏った鞘とで衝突し、一瞬の硬直を生むが、術の力を比べるまでもなかった。

いとも容易く焔刀が障壁を突き破り、灼熱の炎を纏った刺突はそのまま桃華のみぞおちへ向かう。

 

教師

そ、そこまで!

 

山田が慌てて封印を発動し、鞘から炎が消失する。

それで誰もが摸擬戦の終了だと思った。

講師が終了の合図をしているのだから、ここで突きを寸止めして終わる、そのはずだった。

 

 

桃華

――ぅっ!

 

だがそんな常識、武戎には通用しない。

鞘の先は桃華のみぞおちを強く突き、彼女は苦痛に喘いで後ずさる。

みぞおちを押さえ、苦しそうに顔を歪ませてひざまずく。

 

龍二

桃華ぁぁぁっ!

 

龍二は目を見開き力の限り叫んだ。

あまりの怒りに我を忘れそうだ。

周囲の塾生たちも目の前の光景に唖然としている。

 

静谷

そんな、ひどい……

遠野

あいつ、なにしてんだ……

教師

やめろ武戎! 摸擬戦は終了だ! お前の勝ちなんだから、さっさと離れろ!

修羅

……

 

しかし武戎はそれに反応せず、鞘を高く掲げた。

こうべを垂れ、苦しそうに息をする桃華の後頭部を見据えながら。

 

教師

おい武戎、なにをしている!?

 

彼の目はただ虚ろで、なにを映しているようにも見えない。

相手をいたずらに苦しめて喜ぶような雰囲気でもない。

体が勝手に動いているかのようだ。

 

塾生

う、嘘だろ……

塾生

やめて……

 

簡単に想像できる最悪の結末に、塾生たちは顔を青ざめる。

しかし誰にも止めることはできない。

講師も術を消滅させるだけで、物理的に拘束するには距離が離れていた。

 

そして、武戎は無慈悲にも鞘を振ろした。

桃華の頭を砕く勢いで。

 

――ガギィィィンッ!

 

しかし、彼の鞘は乱入者の鞘によって受け止められていた。

 

 

龍二
お前、なにやってんだ!?
修羅

……なんだお前

 

桃華と武戎の間に割って入り、一撃を受け止めていたのは、龍二だった。

黒災牙の鞘で受け止めているが、武戎の一撃は想像以上に重い。

それでも龍二は憤怒の表情で彼を睨む。

 

龍二
許さない
修羅

邪魔だ

 

武戎は腕に力を込め、さらに押そうとするが――

 

修羅
龍二
「「――っ!?」」

 

二人は突然の出来事に目を見開いた。

そして、武戎のほうから飛び退く。

 

龍二
なんだ、今のは……

 

自分の頭を押さえ困惑の表情を浮かべる龍二。

武戎が力を込めた一瞬、なんだかおぞましい怨念のようなどす黒い感情が伝わって来たのだ。

彼が離れてすぐにそれがなくなったので、あの鞘になにかあるのは間違いない。

対して武戎も、目を見開いて龍二の刀を見つめている。

 

修羅

お前、いったい……

 

二人がわけの分からない事態に硬直していると、山田が近づいてきて武戎へ告げた。

 

教師

武戎、それ以上の戦闘継続は、厳しく罰するぞ

修羅

ちっ

 

武戎は忌々しげに舌打ちすると、最後に龍二を凄い形相で睨みつけ、演習室から去って行った。

 

桃華
けほっ、けほっ
龍二
桃華!?
桃華

だ、大丈夫です……でも、負けちゃいました。龍二さんにいいところ見せたかったのに、悔しいなぁ

龍二
そんなことはいい! 山田先生!
教師

分かっている。今、陰陽庁の陰陽医を呼んだところだ

 

結局、その日の摸擬戦はそれで終了となった。

かけつけた陰陽医の話では、桃華の負傷は安静にしていればすぐに良くなるということだったので、龍二は心の底から安心した。

 

龍二
あいつはいったい、なんなんだ……

 

龍二は得体の知れない気持ち悪さを感じながらも、負傷した桃華を嵐堂家まで送って行くのだった。