#14 領主との交渉【滅亡世界の魔装設計士 第三章】

第三章 凶霧より目覚めし少女

 

 

 

少女

――わぁ……

 

転石でカムラの第二教会へ移動すると、内装を見た少女が物珍しそうに辺りを見回した。

ずっと荒れたフィールドをさまよっていたのだから、格式ある建物に関心を寄せるのも無理はない。

シュウゴは「行こうか」と優しく言って少女の手を引き教会を出る。

 

領主の館はすぐそこだった。

討伐隊が次々に館へ入っていくが、討伐隊長の指示でクロロとシュウゴたちは立ち止まった。

 

少女

………………

 

少女はぎゅっとシュウゴの左手を握り、瞳を不安げに揺らしながらシュウゴを見上げた。

シュウゴは少女に目を合わせる。

 

シュウゴ
……そうだ、君に名前を付けよう
少女

えっ?

シュウゴ
名前がなかったら色々と不便だからね。勝手だけど、そうだなぁ……『メイ』っていうのはどうかな? もし嫌だったら別のを考え直すよ

 

少女は首を横へ振った。

 

メイ

メイ……素敵な名前。ありがとうございます

 

メイが目を輝かせて礼を言うとシュウゴは柔らかく微笑んだ。

そしてすぐに覚悟を決めた戦士のような表情を作る。

 

シュウゴ

メイ、俺はこれから君のことを利用する。酷いことだって言うかもしれない。でも信じてほしい。決して君を見捨てたりはしないと

メイ

はいっ!

 

しばらくして討伐隊長が現れ、領主との面会が許可された旨を伝えられる。

シュウゴはメイの手を引き、ヴィンゴールと闘うべく領主の館へと足を踏み入れた。

 

 

領主の館へ入るとすぐに二階へ案内された。

この建物の一階には受付があり、領主に用事がある場合はまずそこで用件を伝え、取り次いでもらうのが通常の流れだ。

奥の部屋には常に手練れの騎士が数名常駐しており、二階にいる領主の隣にも別で二人の護衛がついている。

また、一階には多くの書棚があり、重要な書類や住民の個人情報などが保管管理されている。

 

シュウゴ、デュラ、メイが二階に上がると、カムラ領主のヴィンゴールが待ち構えていた。

仰々しく敷かれた橙色の絨毯の先に大きく立派な執務机があり、ヴィンゴールはその目の前に立っている。

応接セットが部屋の脇に置かれているが、おそらくシュウゴの面会を聞いて移動させたのだろう。

絨毯の両脇には先ほどの討伐隊と、常駐していると思われる、眩しくメタリックな光沢を放つ甲冑の騎士たちが整列し、入室したシュウゴたちへ鋭い眼差しを向けていた。

 

ヴィンゴール様、ハンター様ご一行をお連れしました

ヴィンゴール
ご苦労

 

受付嬢は深く頭を下げると、階下へ戻っていく。

しかし最後尾にいたクロロと一階から上がって来た騎士は戻らない。

相当警戒されているようだ。

 

側近

ハンターのシュウゴ、デュラ、そして少女は前へ

 

領主の右斜め前に立つ側近らしき騎士の指示に従い、シュウゴたちはヴィンゴールの手前までゆっくり移動した。

ヴィンゴールの左斜め前にも側近らしき男がいるが、野性味を感じさせる装備といい、獰猛な覇気といい、こちらはハンターのような雰囲気だ。

 

シュウゴたちがヴィンゴールの三メートルほど手前で足を止めると、ヴィンゴールが引き締まった表情で鋭い眼光を放つ。

顔に深い皺の刻まれたヴィンゴールは、四十半ばほどの年齢で黒と白の入り混じった長い髪を後ろに流している長身痩躯。

根は善良だが基本的に厳しい態度で仕事に臨み、公平性を重視するが故に誰に対しても容赦はしない。

 

ヴィンゴール
そなたがシュウゴか。カオスキメラ撃退の際は、討伐隊が世話になった
シュウゴ
い、いえ……
ヴィンゴール

話は聞いている。フィールドを彷徨っていたその少女を魔物と認識し、討伐隊が討伐しようとしたところを君たちに妨害されたと

シュウゴ
彼女の名は、メイと言います
ヴィンゴール

そうか、失礼した。君はメイをどうするつもりだ? 町の脅威となるかもしれない者を強引に連れ帰った理由はなんだ? 納得できる理由がなければ、民の生命を脅かした罪として処刑することになるぞ

 

ヴィンゴールは弾劾するかのように険しい表情で問う。

シュウゴは姿勢を正し、まっすぐにヴィンゴールの目を見つめた。

さすがは領主。

全身から荘厳な覇気が溢れ、眼光にすら相手を従わせるほどの気迫がこもっている。

それでもシュウゴは怯まない。

 

シュウゴ

彼女の力を魔物の討伐に役立てたいのです

ヴィンゴール

なに?

 

ヴィンゴールが不審げに聞き返し、周囲の騎士たちもざわついた。メイですらも「えっ?」と困惑の声を上げていた。

シュウゴはメイの安全性について慎重に説明を始める。

 

 

シュウゴ
まず彼女はアンデットと呼ばれる種族です。アンデットとは、本来人間であったものの、凶霧の影響により人としての生命を失った者。つまり、心や思考の本質は人間でありながら、身体的には別の特性を持ってしまった種族なのです。ですから、人が人を襲わないように、メイもまた人を襲いません。今までだって、彼女と遭遇して襲われたなどという報告はなかったはずです

 

ヴィンゴールが腕を組み唸る。

その表情は幾分か和らぎ、一定の理解は示してくれそうだ。

ヴィンゴールはさらに問う。

 

ヴィンゴール

して、その特性というのはなんだ?

 

シュウゴは表情を引き締めた。

ここが正念場だ。

緊張感に表情を強張らせながらも生前のゲーマーとしての知識を駆使し、メイの戦闘時における有用性について説き始める。

 

シュウゴ

アンデットはまず、人間の何倍もの筋力を発揮することができます。これは、先に対峙した討伐隊が身をもって体験しています。次に、状態異常にかかりません。既に人間としての生命の呪縛から解放されているためです。また、噂にもなっている通り、メイは魔物たちから獲物として認識されません

ヴィンゴール

ほぅ……存外おもしろいな

 

ヴィンゴールが興味深そうに目を細め、感嘆の声を漏らす。

シュウゴはここぞとばかりに畳みかけた。

 

シュウゴ

ですので、彼女の力を借りれば瘴気の沼地も進むことができ、魔物との戦闘でも優位に立つことができます。これは我々の開拓におおいに役立つかと

キジダル

――なりませぬ

 

声を上げたのは、絨毯に整列している騎士たちの先頭に立つ男だった。

ひょろりと痩せ細った長身で、目の下にクマを作った不健康そうな顔だが鋭い眼差しで高い知性を宿しているように見える。

上質な白いローブを着こみ、分厚い辞書のような物を脇に抱える姿から、軍師のような役職だと思われる。

となると、領主専属の文官『キジダル』か。

彼の言葉にヴィンゴールも頷き、

 

ヴィンゴール

そうよな。中々おもしろい話ではあったのだが、そう簡単に彼女を野放しにするわけにもいかない。それは領民が忌避するだろうからな

バラム

――私に良い案がございます

 

次に口を挟んだのはバラムだった。

入室したときは騎士の影に隠れて見えなかったが、脇に立っていたらしい。

彼に良いイメージを持っていないのか、両脇の騎士たちは眉をしかめた。

しかしヴィンゴールは、興味深そうにバラムへ目を向ける。

 

ヴィンゴール

なんだ?

バラム

そこのハンター一行に罰をお与えになってはどうかと

シュウゴ
んな!?

 

シュウゴは思わず声を上げた。

しかし先にその真意を問うたのはヴィンゴールだ。

バラムはなにかを企んでいるような、得体の知れない笑みを浮かべている。

 

ヴィンゴール

どういうことだ?

バラム

討伐隊に盾突いた彼らには、罰として瘴気の沼地へ赴いてもらいましょう。ただ、チャンスを与えたく存じます。沼地で進路を阻んでいるコカトリスを討伐し、その奥の洞窟を抜けた先になにがあるのか、それを確かめて頂きたい。それをクリアできれば、今回の件は不問ということでどうでしょうか? もちろん、全ての責任はハンターの雇い主であるこの私が負います

 

 

シュウゴはバラムの狡猾さに瞠目した。

さすがは天下の大商人。

もしシュウゴたちが失敗して死んだとしても、反逆を裁いただけだと説明がつく。

成功した場合は、優秀な手駒が手に入るのだ。さすがに手が早い。

 

ヴィンゴール

なるほどな。折角だから彼の言うアンデットの特徴とやらを試したかったところでもある。この件は、バラム商会に一任するとしよう

キジダル

りょ、領主様!?

ヴィンゴール

なんだキジダル。この期に及んで商会に加担するなとでも言うつもりか?

キジダル

い、いえ、滅相もございません

 

キジダルは言葉を詰まらせ目線を下げると、一歩下がり騎士の列に戻った。

バラムは二ヤリと意地の悪い笑みを浮かべると、ヴィンゴールに告げる。

 

ヴィンゴール

では、彼らの身柄は私のほうで預かりますのでご了承ください。それでは失礼致します

バラム

ああ、期待しているぞ

 

ヴィンゴールの言葉はバラムでなく、シュウゴでもなく、メイへ向けられていた。

メイは怯えたようにシュウゴの背に隠れると、半分だけ頭を横から出してコクリと頷く。

ヴィンゴールは満足げに頬を緩めた。

バラムがシュウゴの横まで歩み寄ると、「来なさい」とささやき、最後にヴィンゴールと騎士たちに一礼をしてから階段を下って行った。

 

シュウゴ
この度は、寛大な処置をありがとうございました

 

シュウゴはヴィンゴールへ礼を言うと深く頭を下げる。

メイも小さい声で「あ、ありがとうございました……」と呟き、デュラは無言で深く頭を下げた。

 

ヴィンゴール

礼ならバラムにするが良い

 

そうして三人は領主の館を後にする。

 

 

シュウゴ
――先ほどはありがとうございました

 

案内されたバラムの執務室でシュウゴは頭を下げる。

バラムは朗らかな表情で上質そうな椅子に腰を下ろしていた。

 

バラム

構わんよ。君のことは買っているんだ。それに、メイくんのことも気になったからな。もし彼女の有用性が証明されれば、我々の希望になる

 

そのとき、シュウゴの手をメイがギュッと握った。

戦いを恐れているのだろう。

優しくか弱い少女なのだ、仕方ない。

シュウゴは安心させるように小さな手を握り返すと、意を決してバラムに告げた。

 

シュウゴ
そのことですが、彼女のことは俺のパーティーメンバーに加え、管理下に置かせていただきたく思います
バラム

ふむ……まぁいいだろう。それで彼女の本領が発揮されるなら構わない

 

バラムは特に悩んだ風でもなく、あっさり頷いた。

 

バラム

して、罰という名のクエストについて説明しよう

シュウゴ
はい
バラム

概要としては先ほど言った通りだ。先日、討伐隊が瘴気の沼地の奥に洞窟を発見した。だが、その周辺にはコカトリスが回遊しているようで先に進めないのだ。そこできゃつを倒し、その先になにがあるのか確かめてほしい。もしその先へ進めるのであれば、凶霧発生以前の地図に示されているように、渓谷を開拓できるかもしれん

シュウゴ
承知致しました

 

シュウゴは迷わず承諾する。

コカトリスには以前痛い目に合わされたが、再戦の機会が与えられるというのなら願ってもみないチャンスだ。今度こそ、必ず討伐してみせると拳を握る。

 

バラム

では任せた。依頼書は数日後に届くだろうから、それまでに準備を整えておいてくれ。大いに期待しているぞ

シュウゴ
はい、ありがとうございます

 

三人は深く頭を下げ、バラムの執務室を去った。