第三章 凶霧より生まれ氏少女
デュラの活躍はめざましかった。
シュウゴのように空は飛べないものの脚力が凄まじく、フィールドを縦横無尽に駆け抜け標的を寸分違わず穿ち抜く。
シュウゴが地上でアイテムを使用したりして留まったときには、巨大な白銀の盾『アダマンシェル』で主をきっちり守り抜く。
おまけに、毒や麻痺などの状態異常にもかからないので、あまりにも壊れ性能な参入メンバーである。
難点といえば、喋れないことと装備の維持費が高いことだ。
人の言葉は通じる上に、シュウゴの言うことには従順なのでそちらは問題ないが、維持費についてはジャックオーランタンの自爆を食らったり、イービルアイのレーザーを食らったりすると修理代と素材集めがバカにならない。
とはいえ、特に生活に支障が出ないよう、シュウゴは上手く立ち回っていた。
その日も二人は廃墟と化した村で魔物狩っていた。
クエストの内容は『カトブレパスの毛皮×3、イービルアイの翼×2、サイクロプスの目玉×2』といったもので、とある商人の依頼だ。
シュウゴは重量過多でだらしなく伸びた素材収集用ゴム袋をデュラに渡す。
まるで荷物持ちのような扱いだが、デュラは特に嫌そうな素振りを見せることなく、受け取ったゴム袋を腰に括り付ける。
イービルアイの翼とカトブレパスの毛皮は目的の数が集まった。
あとはサイクロプスの目玉だけだ。
シュウゴはそう言うと村の広場へ向かって歩く。
サイクロプスはカトブレパスやイービルアイに比べ、個体数は多くないが建物の密集している地区を回遊する特性がある。
二人が周囲を警戒しながら村の中心部を歩いていると、標的を見つけた。
シュウゴは倒壊した宿屋の岩壁に肩をピッタリと付け、角の先にいるサイクロプスを観察する。
全長四メートルはある巨大な体躯で、腰にボロボロの布をまとった筋骨隆々の鬼だ。
頭部には大きな一つ目と一本の角があり、口にはギザギザの獰猛な牙。
手には棍棒を持ち悠々と振り回して攻撃する。
クラスCモンスターであり、目玉は栄養価の高い食材に、角は薬に使われる。
シュウゴがじっくりと奇襲のタイミングを見計らっていると、もう一体の姿が見えた。
以前であれば、二体同時の相手は極力避けているところだが、今はデュラがいる。
シュウゴは心強く思いながら、デュラに突撃の合図を送るべく背後へ顔を向けると、彼はシュウゴへ背を向けていた。
戦闘前の謎の行動に困惑するが、デュラの視線の先を辿り状況を察する。
数メートル離れた上空からイービルアイ一体が滑空していたのだ。シュウゴたちの元へ向かって。
イービルアイは二人に狙いを定め、既にレーザーの収束を始めている。
デュラは即座にシュウゴをかばうよう目の前に立つと、アダマンシェルを頭上に構えた。
直後、イービルアイのレーザーが照射され光熱が彼らを襲う。
――ジュゥゥゥゥゥンッ!
デュラの盾に守られているものの、背後のシュウゴにも熱気が伝わって来た。
やがて、レーザーの照射が終わると、シュウゴは間髪入れずブーツの噴射と共に地を蹴り、デュラの頭上へ跳んだ。そのままデュラの肩に乗ると、
デュラはすぐに盾を水平に肩の前へ差し出す。
シュウゴが盾の表面に移ったのを確認すると、デュラは盾を頭上へ勢いよく振るった。
シュウゴは宙へ投げ出され、イービルアイへと向かう。
さらに噴射による加速で急接近しながら背のグレートバスターを掴むと、イービルアイを縦に叩き斬った。
そのままゆっくり着地すると、イービルアイの死骸も目の前にズドンッと落下する。
シュウゴがふぅと息を吐きデュラへ振り向くと――
――オオォォォォォッ!
グアァッ!
二体のサイクロプスがデュラに迫っていた。今の戦闘で獲物の存在に気付いたのだ。
シュウゴは急いで腰バーニアを噴射し、救援に向かう。
――ヒュンッ!
一体目の振り下ろした棍棒がデュラの頭上に迫り、デュラは盾で防御。
ゴオォンッという激しい激突音と共に火花が散る。
一体目の脇から二体目が突進し棍棒を横から薙ぎ払う。
デュラは受けていた棍棒を上へと押しのけ、大きく跳び退いた。
薙ぎ払われた棍棒は風を暴れさせ宿屋の岩壁を粉砕し砂埃を巻き上げる。
グゥ?
サイクロプスは大きな目をパチクリさせながら、右腕を揺らした。
棍棒が壁の中までめり込んで抜けないのだ。
それを好機と見たデュラが跳ぶ。
二体目の腕へとまっすぐ飛来するデュラに、一体目が右手で横から掴もうとするが閃光が走る。
血飛沫が上がり、サイクロプスは右手を押さえて野獣のように叫んだ。
グアァァァァァ!
デュラが空中でランスを振り抜き、その鋭い穂先で掴もうとしたサイクロプスの指を切断したのだ。
デュラはそのまま、未だ抜けない棍棒を掴んでいる二体目の手首に乗る。
すぐさまサイクロプスの右腕の上を駆け上がった。
もちろんサイクロプスもそのまま放置するわけもなく、右腕を振り上げるが既にデュラは跳んでいた。
ランスの穂先をサイクロプスの胸へ向けまっすぐに。
グゥゥゥッ!
深々と心臓を貫かれたサイクロプスは短い悲鳴を上げ、苦しそうに手を暴れさせ宙をもがきながら仰向けに倒れた。
あえて目玉を無傷のまま止めを刺したことは、デュラが手だれであるなによりの証拠だ。
デュラは油断なくすぐさまランスを引き抜くと、よだれをまき散らしながら走り寄って来ていたもう一体に顔を向ける。
しかし、ランスを向ける必要はなかった。
掛け声と共にサイクロプスの首が飛ぶ。
サイクロプスの体は勢いよく倒れ込み、その背後にシュウゴが着地する。
シュウゴは辺りを見回し、敵がいないことを確認すると満足げに笑みを浮かべた。
デュラは頷き、サイクロプスの頭部に穂先を突き立てた。
目的の素材の回収が終わったシュウゴとデュラは、転石へ向かって歩いていく。
魔物を討伐して進んだ通りを引き返しているので、新たな魔物には遭遇していない。
しばらく歩いていると、急にデュラのガシャンガシャンという足音が止まった。
シュウゴが不審に思って背後を振り向くと、デュラは静止してある一点を見つめていた。
その視線の先には、元々は市場だったらしいボロボロのテントの影にうずくまる小さな人影。
気になったシュウゴは、警戒しながらも近づいていく。
デュラも後ろからついてきた。
数メートルという距離まで近づくと、その人もシュウゴたちに気付き顔を上げた。
向けられた深紅の瞳にシュウゴは思わず足を止める。
見眼麗しい少女だった。
綺麗な銀髪のおかっぱが似合う、色白で華奢な美少女。
年齢は中学生から高校生ぐらいに見える。
紺の外套を羽織り下は紺とグレーのオーバースカートで、貴族の令嬢のような身なりだ。
しかし深紅の双眸は不安げに揺れている。
見惚れていたシュウゴはすぐ我に返り、少女に声をかける。
しかし少女はビクッと肩を震わせ、顔を恐怖に歪めた。
そして立ち上がり、慌てて走り去っていく。
シュウゴの静止も聞かず、少女は村の北へと走っていく。
シュウゴは焦る。
このままでは彼女が魔物と遭遇してしまう可能性が高い。
シュウゴは手に持っていたゴム袋をデュラに手渡し、少女の後を追う。
あえてバーニアを使わない。
かえって彼女を怯えさせる可能性があるからだ。
それに、隼の脚力とて並の人間の比ではなく、簡単に追いつけるように思われた。
しかし――
一向に追いつけない。少女は可憐な容姿に似合わず足が速かった。
シュウゴが焦り始める頃には、空き家が並ぶ住宅街に差し掛かっていた。
少女は息一つ切らさず、その速度を維持している。
シュウゴが叫ぶが既に遅い。
少女の向かう先にはカトブレパスやサイクロプスがのろのろと歩いていた。
やむを得ないと腹をくくったシュウゴは、グッと奥歯を噛みしめバーニアの噴射口に魔力を充填する。
しかしすぐに魔力を霧散させ立ち止まった。
少女が魔物たちの横を何事もなく走り抜けている。
そして、魔物たちは少女の存在に気付いていないのか、見向きもしない。
あり得ない光景だった。
あれが普通の人間であれば、すぐさま魔物の捕食対象として襲われるはず。
わけが分からずシュウゴが立ち尽くしていると、前方の魔物がシュウゴの存在に気付いた。
サイクロプスがよだれを垂らして近づいて来るのを見るに、特殊な生態の個体ではないようだ。
掲示板で読んだ内容を思い出す。
明記されていた特徴で間違いない。
厄介なものに遭遇してしまったと内心後悔するシュウゴだが、今は追跡を断念し敵から逃げることに意識を切り替える。
いつの間にか背後にもイービルアイとカトブレパスが現れ、退路が塞がれた。
それでもシュウゴは冷静に、腰のアイテムポーチからフラッシュボムを取り出すと、突起を押し頭上に投げ放った。
――パアァァァァァンッ!
辺り一帯を激しい白光が包み、魔物たちの視界を潰す。
その隙にバーニアを起動し、逃走することに成功した。
デュラと合流しカムラへ帰還したシュウゴは、紹介所でクエストの完了手続きを済ませた。
では、素材をお預かりしますね
ユリが書類にペンを走らせているうちに、カウンターから回って来たユラとユナへゴム袋を渡す。
ユラとユナはシュウゴとデュラから素材を受け取ると、カウンターの裏にある倉庫へ運んでいった。
書類上の手続きを終えたユリが顔を上げ、シュウゴへ微笑む。
三つ子の中でも落ち着いていてどこか妖艶なユリは、長い金髪がよく似合っている。
それでは、納品物を依頼主様に確認した後、また追ってご連絡しますので数日ほどお待ちください
丁寧に頭を下げたユリへ、シュウゴも軽く頭を下げる。
用の済んだシュウゴがデュラへ目を向けると、彼は倉庫から戻って来たユラとユナに囲まれていた。
きゃっきゃうふふと二人にまとわりつかれ、デュラも満更でもなさそうに後頭部をかいている。
モテモテだ。
デュラさんはいつも甲冑なんですか?
騎士のように凛々しい佇まいですが、元々は討伐隊におられたんですか?
さらに、「ご趣味は?」「好きなタイプは?」と矢継ぎ早に質問が飛び、デュラは首を上下左右に振るので精一杯だ。
彼が一言も喋らなくとも二人は気にした様子はなく……というよりも、目を輝かせ「寡黙で素敵……」と好感度を上げるのだった。
もう、二人とも節操ないわね
ユリが呆れたように呟く。
いつもは隙のない営業スマイルで本心を微塵も見せないユリが今は、妹たちを見守る姉のような柔らかい表情だった。
新鮮な反応だ。
もしかしたら、自分たちに親しみを感じてくれているのかもしれないと、シュウゴは頬を緩ませる。
そうなんです。デュラさんの寡黙で威風堂々とした佇まいと、装備のカッコ良さに憧れを抱いたようで……彼女たちも根は好奇心旺盛な女の子なので、見逃していただけると助かります
シュウゴは内心、少し悔しくも感じていた。
あの鎧のデザインを考えたのは自分なのに、と。
しかし彼の設計士としての技術は、ひた隠しにしているので仕方のないことだ。
シュウゴが羨ましそうに眺めているのに気付いたデュラは、はっと肩を震わせ、慌ててシュウゴの元へ戻って来た。
申し訳なさそうに下を向くデュラに、シュウゴは軽く笑いかける。
デュラはブンブンと激しく首を縦に振った。
「「「お疲れ様でした」」」
三姉妹の綺麗な声を背に二人は紹介所を出ると、転石のある第二教会の方から走って来た三人のハンターとすれ違った。
若い男たちで、まだ駆け出しのような落ち着きのなさがある。
彼らは息を切らしながら大慌てで紹介所へ駆け込んでいった。
シュウゴがう~んと眉を寄せて首を傾げると、デュラも同様に小さく首を傾げた。
もしなにかあった場合は、すぐ広場の掲示板に書き込まれ情報が広まるだろう。
シュウゴは少しの胸騒ぎがしたものの、自宅へと戻った。